りぼんの読書ノート

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芙蓉の人(新田次郎)

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女性を主人公とした山岳小説の傑作として、何度もドラマ化されています、。主人公の千代子を演じた女性は、八千草薫(1973年)、五代路子(1977年)、藤真利子(1982年)、松下奈緒(2014年)ですから、錚々たるメンバー。さすがに、良妻賢母タイプの女優陣がそろっていますね。

明治28年。日本国民が、日清戦争の勝利に沸き立ち、理不尽な三国干渉に臥薪嘗胆を誓い、国威発揚・国力発展の必要性をひしひしと感じていた時代に、正確な天気予報のため富士山頂に恒久的な気象観測所を設けるとの使命感に燃える夫・野中到。

中央気象台は、必要性を理解して到を嘱託としたものの、予算は出しません。私財を投げ打って富士山頂に粗末な観測小屋を作り、単独越冬を試みようとする到ですが、昼夜2時間ごとの観測を自らに義務付けるなど、その計画は実現困難なものでした。夫1人での観測は無理との判断と夫への愛情から、妻の千代子は後を追って富士山頂に登ることを決意します。

しかし、それが実現するまでが大変なのです。世間体を気にする姑の反対、女性蔑視から抜けられない学会と官僚、そしてまだ幼い娘の存在。家族を説得し、子供を実家に預け、ぎりぎりまで行動を隠し、ついに夫の籠る観測小屋へとたどり着くのですが・・。

高山病、野菜不足からの脚気、栄養失調、凍傷、病気・・。冬山のありとあらゆる危機に襲われる中、互いに助け合って観測を続けたものの、しまいには越冬観測の断念を余儀なくされます、しかし、野中夫妻の決死の冒険は評判を呼んで小説や劇になり、野中が設立した富士観象会の事業は中央気象台へと引き継がれていきます。

実際に富士山観測所に勤務していた著者にとっては、大先輩にあたる方の物語です。過去に何度か小説化されていた題材に、あえて挑戦した背景には、晩年の野中氏が以前の小説に不満を漏らしていたことがあったようです。不満の原因が妻・千代子の取り上げられ方にあったと判断して、千代子を主人公とする小説を書きあげたとのことです。

2015/5