りぼんの読書ノート

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孤高の人(新田次郎)

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類まれなる脚力と状況判断力を備え、一般の社会人登山家の先駆的存在となった加藤文太郎は、なぜ「単独行」の道を歩んだのか。彼はなぜ、初めて組んだパーティで挑んだ厳冬の槍ヶ岳で消息を絶ったのか。昭和初期の登山家であった「加藤文太郎」の生涯を描いた、山岳小説の名作です。

本書が「名作」であるのは、山と自然の雄大さと対比する形で人間関係のありかたを描き、その美しさと醜さを通して、「孤独とは何か」というテーマに真摯に向き合った作品であるからなのでしょう。

著者は、そのテーマに沿って、加藤の青年期を再構築していきます。兵庫県日本海側である浜坂町に生まれ、神戸の造船所に勤務しながら夜間工業高校に学び、後に造船技師にまで昇格した加藤は、なぜ孤独を愛するようになったのか。それは生来の性格なのか。人間関係の中で形作られたものなのか。青年期の恋愛はどんなものだったのか。数々のエピソードは、冷静に読むと類型的にも思えるのですが、全編を通してみると説得力を感じるのは、著者の力量なのでしょう。

愛する妻との結婚によって、彼の人生観が一変しようとした矢先に、悲劇が襲い掛かります。それは、彼を慕う後輩という形で現れます。本書で「宮村健」との名を持つ後輩の造型や加藤との関係は、実際とは異なっているとの批判もありますが、著者としては「必然」だったのでしょう。故人には気の毒なのですが・・。

著者は、富士山頂の観測所に勤務していた時に、加藤文太郎と出会ったことがあるそうです。本書が、「先達への鎮魂碑」としての「渾身の一作」となった理由のひとつでもあるのでしょう。

2015/6再読