りぼんの読書ノート

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流星ひとつ(沢木耕太郎)

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1969年にデビューして空前のヒットを生み出した藤圭子は、わずか10年で芸能界を引退しています。本書は、「流星のように消え去った」歌姫に対して、ロングインタビューをもとに構成された作品です。

「本書では藤圭子という女性の持っている豊かさを、描き切れていないのではないか」、あるいは「将来、芸能界に復帰する際の妨げとなるのではないか」との思いから封印されていた本書が、33年後に出版された背景には、もちろん藤圭子の自殺があります。

「母親・藤圭子が精神の病に苦しむ姿しか知らなかった」という娘・宇多田ヒカルに対して、「藤圭子という女性の精神の最も美しい瞬間」を知って欲しかったと、著者は述べています。著者自身の言葉を借りるなら、本書の中には「藤圭子の、水晶のように硬質で透明な精神」や「清潔に匂う烈しさ」があるのですから。

ホテルのバーでウォッカ・トニックを飲みながら、藤圭子は次第に饒舌になっていきます。本人も意識していなかった「本心」を引き出すのに成功しているようですし、会話文のみで綴る手法も効果的です。壮絶な生い立ち、家族の問題、早すぎた結婚と離婚の背景、スキャンダラスな恋愛報道の真相、引退を決めた理由などを語る藤圭子の、なんと魅力的なこと。

もちろん読者は、本書がノンフィクション「小説」であることを、常に意識しておく必要があるでしょう。何度も行ったインタビューを、グラスを傾けながらの一夜の対話として再構成したことをはじめとして、どこまでが藤圭子の言葉で、どこからが創作なのかは、本人たちにしかわからないのです。

確かに、著者の言葉のように聞こえてしまう「藤圭子の発言」もところどころにあるように思えます。一方で、引退して「勉強をしようと思うんだ、あたし」という箇所などには、本人のリアルな照れを感じます。多田ヒカルさんが、本書から母親の魅力を感じ取ってくれたであろうことを、心から願います。

2015/5