りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

ルーティーン(篠田節子)

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「SF短編ベスト」と銘打たれた短編集です。篠田節子さんを「SF作家」と言われてもピンと来ないのですが、「SF的発想の持ち主」と言われるとうなずけます。ある現象に対して、現実的解釈をする作家か、ぶっ飛んだ解釈をする作家かと聞かれたら、間違いなく後者ですから。パロディっぽいタイトルですが、はぐれ猿は熱帯雨林の夢を見るかは、なかなか本格的な理系作品でした。

「小羊」
「神の子」とはどんな存在なのでしょう。カズオ・イシグロわたしを離さないでに先立つ作品であることが、まず凄いのですが、それだけではありません。音楽との出会いが世界認識の変容をもたらす描写が美しい作品なのです。

「世紀頭の病」
「30すぎは老後」という少女たちの幼い認識が現実化したような奇病の流行。でも女性だけに流行する病気というのは不公平・・と思ったら、男性には別の症状を準備してくれていました。無理解な男性に厳しい篠田さんのことだから、当然ですけどね。

「コヨーテは月に落ちる」
永遠に出口にたどりつかないビルに入り込んだ美佐子。彼女を導くように優雅なステップで異界を歩くコヨーテ。本書の中でイチオシの美しい作品です。

「緋の襦袢」
これまですっと「女」をウリに生きてきた老女詐欺師にとっては、ワケアリ物件に居座っている老人の霊を手玉に取ることなんて、簡単なことなのです。コミカルですが、人間の業の深さも感じます。

「恨み祓い師」
古びたアパートの一室に住む高齢の母娘を生かし続けているのは、「家族や世間に対する恨み言」なのでしょうか。彼女らに対峙する「恨み祓い師」とは聖なのか、魔なのか。「成仏」という言葉の意味を考えさせられます。

ソリスト
奇跡のピアノ音楽を奏でるアンナは、なぜソロ演奏をやめてしまったのでしょう。アンナと一緒に舞台に立った女性が「見てしまった」その理由とは、アンナの過去に関係していたのです。篠田さんは音楽の使い方が上手ですね。そういえば『ハルモニア』が未読でした。

「沼うつぼ」
最後の一匹となった幻の魚を捕らえようとする漁師と、それを食べるために大金を積むという食通文化人。犠牲になったのが漁師だけというのが、ちょっと気が抜けましたが、純粋な欲望はそれなりにパワフルなのかもしれません。

「まれびとの季節」
孤島で繰り広げられる宗教戦争は、現実世界の縮図です。最初の「聖戦」だって、村レベルから始まったものなのかも・・。

「人格再編」
耄碌して被害妄想と呪詛と暴言の塊になりはてた老人介護が限界に達した社会。患者を強制的に「心優しい老人」にしてしまう技術は、なぜ禁止されることになったのでしょう。高齢化社会版の『時計仕掛けのオレンジ』です。

「ルーティーン」
仕事に疲れた女が出口のない家に籠る(コヨーテは月に落ちる)のと対称的に、仕事に疲れた男は家を出るのです。20年後、かつての住居に戻ってきた男がみたものとは・・。日本版のウェイクフィールド(ホーソーン)ですね。

付録につけられたエッセイ「短編小説倒錯愛」とインタヴュウ「SFは、拡大して、加速がついて、止まらない」まで、まるごと楽しめる一冊です。

2014/7