文豪が晩年に書き綴っていたのは、若かりしヘミングウェイが結婚間もない妻のハドリーとともにパリで生活を始めた1920年代の追想です。まだ一編の作品も売れないものの強烈な自負心を持っていた青年は、ささやかなアパートとカフェを行き来し、貧しくも豊かな日々をおくっていました。
はじめは師事しながら後に袂を別つことになるガートルード・スタイン。終生の友人であった詩人のエズラ・パウンド。嫌悪感を抱いた作家フォード・マドックスと画家のウイズダム・ルイス。狂気を漂わせたスコットとゼルダのフィッツジェラルド夫妻。さらにジェイムス・ジョイス、画家のパスキン、「シェイクスピア書店」を営んでいたシルヴィア・ビーチらとの交友。まるで「移動祝祭日」のような自堕落で濃密な日々。そして妻への愛情と裏切り。
本書はハドリーに捧げた作品のようです。「彼女以外の女性を愛する前に、いっそ死んでしまえばよかった」とまで述懐させた苦い悔恨の情も含めて、全てが輝いていた日々が、ここにあるのです。ハドリーの視点から本書に綴られた日々を描いた『ヘミングウェイの妻』が、本書の熱気を失うことなく再構築している素晴らしさを、あらためて認識しました。
2014/1