りぼんの読書ノート

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階段を下りる女(ベルンハルト・シュリンク)

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主人公の弁護士が、出張先のシドニーのギャラリーで1枚の絵と再会することろから物語が始まります。全裸で階段を浮揚するように下りてくる女の絵は、彼に40年前の出来事をまざまざと思い出させたのです。

当時駆け出しの弁護士であった主人公は、実業家の若い妻イレーネを描いた後に、彼女を奪い取った画家から、両者の調停を依頼されました。しかし絵画と女性の交換という突拍子もない調停案は、弁護士自身がイレーネに恋してしまったために、失敗に終わっていたのです。

彼女が自身をモデルに描いた絵画とともに姿を消した理由は、やがて明らかにされます。彼女を「戦利品」とした実業家からも、「ミューズ」と崇めた画家からも、「脅かされたお姫様」の役割を与えようとした弁護士からも逃げ出して、彼女が掴みたかったものとは何だったのでしょう。そして彼女はなぜ40年後に再び姿を現したのでしょう。

それぞれに成功した人生を歩んだ3人の男たちのうち2人は、過去を取り戻せないことを知って去って行きます。しかし本書が煌めき始めるのは、ここからなのです。彼女が死病に罹っていることを知った弁護士は、彼女を看病しながら、実現しなかった過去と、実現しそうもない未来について語り合います。彼だけは、過去と遭遇したのみならず、未来と出会ったということなのでしょう。そして過去は変更不可能であるのに対し、再会は今後の人生に影響を与えるものなのです。

本書は、朗読者の著者が「人生の終局の煌めき」を描いた、渾身のラブストーリーなのです。本書は、ゲルハルト・リヒター「エマ。階段を下りる裸婦」と、マルセル・デュシャン「階段を下りる裸婦」の2枚の絵画に触発された作品とのことですが、表紙に描かれた女性像のほうが、イレーネの印象を強く伝えてくれています。

2018/5