りぼんの読書ノート

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空気の名前(アルベルト・ルイ=サンチェス)

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メキシコの作家によるこの小説は印象的な言葉で始まります。「そんなふうに見ていては、水平線は存在しない。視線が水平線を作るんだ。まばたきするたびに崩れる一本の糸」・・散文詩的です。

北アフリカの架空の港町モガドール。若い娘ファトマは、海辺の家の窓から水平線を眺め続けます。祖母アイシャはタロットカードで占い、彼女の変化の理由が「欲望」であることを突き止めます。果たしてファトマは、公衆浴場で出会ったカディアという若い女性に魅せられていたのです。でもこのことは誰も知りません。

ファトマの謎めいた眼差しについて、さまざまな憶測が交錯します。誰もがファトマの醸し出す「空気」に「名前」をつけようとするのです。でもそれらは皆、自分の不安や欲望を投影するだけのこと。目に見えないものは、名づけようもないのでしょうか。

でもファトマは知りませんでした。苦しいほどに憧れるカディヤは、根絶やしにされた部族出身の最低の娼婦であり、彼女を買う男からも軽蔑されるような存在であることを。ファトマはカディヤと街ですれ違っても気づきません。『千一夜物語』を思わせる、幻想的で官能的な小説です。

2013/8