りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年(村上春樹)

イメージ 1

今年前半の話題を攫ったベストセラーの、図書館からの借り出し順番が、ようやくまわってきました。

本書もまた、村上さん得意の「喪失と回復の物語」といって良いのでしょう。36歳のつくるは、大学2年の夏に高校時代の男女4人の親友たちから理由も告げられず突然絶縁され、死の縁を彷徨ったほどのたショックからいまだに立ち直れていないようです。この年まで心からの友人も恋人も持たずに生きてきた理由は、過去にあるのではないかと交際中の女性から指摘され、16年ぶりにかつての仲間を訪れる「巡礼の旅」に出ることになります。

当時の親友であった4人はいずれも色のついた名前を持っていました。学究肌の赤松慶。スポーツマンの
青海悦夫。明るい性格の黒埜恵里。ピアノが得意な美少女の白根柚木。

絶縁の理由はいきなり明かされます。精神を病んだシロが「つくるにレイプされた」と言いたて、誰も信じなかったものの、彼女を守るために仲間たちはつくるを切らざるをえなかったというのです。しかもシロは6年前に何者かに絞殺されてしまい、もはや彼女から真相を聞きだすことはできません。アカとアオが今も暮らす故郷の名古屋を、さらにはクロが嫁いだフィンランドを訪れたつくるは、真相にたどり着くことができるのでしょうか。そして失った色彩を回復することができるのでしょうか。

つくるや仲間たちが選んだ職業と人生。つくるが学生時代に知り合い、やはり彼の前から姿を消した灰田と、彼の父親がかつて緑川なる男から聞いたという「死のトークン」の物語。つくるの見る性夢と一種の解離性障害。現在の恋人である木元沙羅の本心。著者の他の多くの小説のように、未解決の謎は数多く遺されます。つくるがたどりついた「真相」もひとつの解釈にすぎないように思えます。

多くの読者が評しているように、本書の中に東日本大震災原発事故についての著者の考えを読み取ることも可能なのでしょう。この巡礼が2012年のことであるなら、16年前というのは阪神淡路大震災地下鉄サリン事件が起きた年に当りますし。しかし、あえて普遍的なテーマを選択し、つくるの名前が示すように「かたちあるものをつくる」ことに意味を与えた、著者の姿勢を味わうべき作品・・と解釈しておきます。

2013/8