りぼんの読書ノート

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かつては岸(ポール・ユーン)

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1980年にニューヨークで生まれた韓国系アメリカ人小説家といいますから、連作短編の舞台である済州島(本書ではソラ島)のことも、日本による占領や朝鮮戦争直後の時代のことも、自分自身の記憶や体験に基づいているわけではありません。

本書を貫いている「喪失感覚」も、普遍的なテーマです。それでもやはり、本書には「一種の土着性」を感じるのです。韓国本土からも日本からもアメリカからも「微妙な距離」を感じざるをえない、この島にふさわしいテーマだからなのでしょう。

「かつては岸」
島のリゾートホテルを舞台にして、亡き夫が朝鮮戦争に出征していた時の思い出を追い求めるアメリカ人の未亡人と、兄を海難事故でなくした半島出身のウェイターの悲しみが交差していきます。ウェイターの抱える喪失感は、ボートで海に漕ぎ出た時の確固たる目印であった岸が、いつの間にか水平線の彼方に消えてしまったような感覚として表現されます。海難事故のモデルは「えひめ丸事件」とのこと。

「残骸に囲まれて」
1947年春。アメリカ軍による軍事演習で爆弾が投下された付近で行方不明になった息子を探しに、日本軍が遺棄していったトロール船に乗って海に向かった老夫婦。次第にすれ違っていった夫婦の人生、息子との関係が語られます。

「炎を見つめる顔」
今では観光産業が盛んになった島で土産物店を経営する女性ソジンが、かつて思いを寄せていたコリと再会。コリが島を出ていく前に起きた火災は、半島での生活にどのような影響を与えていたのでしょうか。

「彼らに聞かれないように」
日本占領時の記憶を抱えながら、今も現役で海に潜るベテランの海女アーリムは、鮫によって片腕を失った日本人移民の息子・守と、世代や国籍を越えて心を通わせていきます。  

「そしてわたしたちはここに」
関東大震災で孤児となって島の孤児院に送られた美弥は、太平洋戦争後も島にとどまって朝鮮戦争野戦病院で働いています。そこに負傷兵として運び込まれてきたのは、かつて孤児院での日々をともに過ごした淳平でした。別離、戦争、故郷をテーマとしたこの作品は、作者が敬愛するというマイケル・オンダーチェイギリス人の患者を思わせます。

他の収録作は、朝鮮戦争からの米軍脱走兵と足の悪い山村の娘の儚い出会いを描いた「木彫り師の娘」。観光産業に農場を売り渡す喪失感が、娘が感じた亡き母の面影と交差する「わたしはクスノキの上」。 長年一緒に暮らした夫婦が、過去のある出来事からすれ違いを感じていたという「イドーにかかるランタン」

2014/11