りぼんの読書ノート

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ジュリアとバズーカ(アンナ・カヴァン)

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ヘロイン中毒を抱え、一度ならず自殺を試み、精神病院に入院していたこともある著者の作品は、「自伝と同義」と評されることがあります。確かに「不安や疎外感に満ちた強烈なビジョン」を特徴とする小説群は、基本的に「全て同じ物語」なのかもしれません。

「以前の住所」 退院しても、解放されたわけではありません。閉塞した危険な世界から解放される唯一の道は、もういちど病院に戻ること。

「ある訪問」 夜、突然訪れて傍らに横たわる一匹の豹とは、二度と現れないサーファーのことなのでしょうか。静謐な雰囲気に満ちた作品です。

「霧」 不穏な霧の中、疾走する車の前に現れる影はもはや人間ではありません。だから轢いてもかまわないのです。警察で取調べを受けてもかまいません。私はそこにはもういないのですから。

「英雄たちの世界」 スピードレーサーの英雄的な世界への憧れ。でもレーサーたちとの接点は事故で失われてしまいます。

メルセデス 絶望的なまでにタクシーがつからまらない夜。彼は突然登場したメルセデスに乗り、私を置き去りにして走り去ってしまいます。

「クラリータ」 吹き出物に対する妄想的な恐怖を責めるのは、母親でしょうか。でも彼女の持っている大人の世界に入ることはできません。

「はるか離れて」 疎外された少女が語りかける相手は双子の姉。でも姉は彼女の頭の中にしかいないようです。

「今と昔」 結婚前はあれほど素敵だった夫が、今では怠惰で太った男に成り下がってしまい、やがて粉々に砕け散ってしまいます。どうも離婚した夫の話のようで、結構リアルです。

「山の上高く」 不快な男から逃れようとする私は、加速する車で山上を目指し、ついには「氷」のような白い世界にたどりつきます。「今と昔」と対になっている作品でしょうか。

「失われたものの間で」 星が誕生して人間世界の運命を決めていくとき、私は私でないものに変身していくのです。いつもの抑圧的で不愉快な男性に自分の運命を決められたくなどないのですが・・。

「縞馬」 宇宙線の影響で結び付けられた幸福な恋人との関係も、次第に崩壊していく運命を免れることはできません。

「ジュリアとバズーカ」 バズーカとは、ジュリアが愛用したドラッグ注射器のこと。美しい少女は片手にバズーカを持つ花嫁になり、全てを手に入れますが・・。彼女にとって死は解放へと向かうハッピー・エンドだったのでしょうか。著者の死の1年前に書かれた作品です。

他に不倫関係の空虚感を描いたような「実験」、不思議な専用の庭を羨ましがられる「タウン・ガーデン」、唯一の理解者であった男が幽霊になって現れる「取り憑かれて」が収録されています。

薬物中毒者の脳内に生れた幻想と妄想としか言いようのない作品群ですが、不思議な力強さを感じます。それを「解放への希求」などと普遍的な言葉で言い換えると、何かが失われてしまいそう。やはり、著者にしか書けない作品なのでしょう。

2013/8