りぼんの読書ノート

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そのころスイスは(オットー・シュタイガー)

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第2次大戦中のスイス人作家の青春」と副題を持つ本書は、枢軸国に包囲されていたスイスがいかにして中立を保ったかについて、大上段に振りかぶった歴史書ではありません。一兵卒として徴兵に借り出された駆け出しの若い作家による、戦争当時に見聞きした人々の暮らしや、個人の雑感を綴った自伝的作品の一部にすぎないのです。

にもかかわらず本書は、読者の心を打つのです。それは、訳者が後書きで述べたように「戦争という巨大な不条理の世界でうごめく、一個の人間という極小の存在の思いを的確に掬い上げた文学」というだけでなく、老境に入った著者が若き日の自分自身に送るメッセージであるからなのでしょう。

パリへの憧れや旅回りの女芸人に胸をときめかせた青春時代にはじまり、スイスが戦火に巻き込まれるのではないかと不安に感じた徴兵直後の日々、「なり損ないの兵士」として慰問に来てくれた少女に後ろめたさを感じた瞬間、ラジオのアナウンサーとしてニュースを読みながら感じた戦時中の市民感情、フランス国境警備任務時に遭遇した越境亡命者への援助、ユダヤ婦人が抱くナチス支配への恐怖信への共感など、時にはしんみりと、時にはユーモアを交え、時には怒りをこめて綴られる戦時の思い出は、率直さに満ちています。

しかも、情勢分析も的確なのです。スイスが永世中立を保てたのは、イギリスやドイツが「スイスの美しい山並みを尊重してくれたから」ではなく、イギリスにもドイツにも譲歩したからなんですね。南仏や北伊からの輸入が止まると大きな打撃を受けるスイスですが、実際にイギリスによる国境封鎖も行われた時期があったとのこと。「ベルジエ報告」ではスイスがナチスの金融に協力したことも明らかになっていますし・。

本書は1945年5月8日の記述をもって終わります。豪勢に終戦を祝おうと誘い出した女性から、欧州再建への寄付を強く勧められ、結局ひとりでアパートに帰ってパンをかじったとのこと。その女性こそが、後の奥様だそうです。^^

2013/8