りぼんの読書ノート

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アンネ・フランクについて語るときに僕たちの語ること(ネイサン・イングランダー)

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厳格なユダヤ教徒の家庭に育ったユダヤアメリカ人作家による短編集は、徹頭徹尾「ユダヤ人であること」をテーマに据え続けます。ホロコーストの地獄を生き延びた者たちは、約束の地パレスチナに新天地を求めた民族は、「選ばれた民」なのか。著者の意見は、決して肯定的ではありません。

アンネ・フランクについて語るときに僕たちの語ること」
正統的ユダヤ教徒としてイスラエルに移住した夫妻と、フロリダに暮らすユダヤ系の夫妻が再会します。もしもまたホロコーストが起こったら、誰が命を賭けてあなたを匿ってくれるのか。無邪気な会話が、夫婦の深淵をあらわにする一瞬。

「姉妹の丘」
戦争が起きて夫たちが出征した夜、若い母が隣人に幼い娘を売ったのは、娘を病気から救うためのまじないにすぎませんでした。時が経ち、はじめは2組の家族しか住んでいなかった前線の丘が町へと発展する過程で夫と3人の息子を失っていた女は、隣人の娘を買った母であるとの権利を主張し始めます。

「母方の親族について僕が知っているすべてのこと」
ボスニア人の恋人が語るドラマチックな家族の歴史に反して、子どもの頃の思い出と言ったらホームドラマのあらすじくらいと語る若い男性。しかし、戦争中にオランダで死んだと伝えられている母方の祖父の弟の死の真相は、葬られた史実だったのです。

「キャンプ・サンダウン」
高齢者向けのサマー・キャンプで、ホロコーストの被害者であった老人たちが抱いた妄想。彼らは無実の老人をナチと思い込んで、迫害しはじめるのです。そして悲劇が起こります。

「若い寡婦たちには果物をただで」
年若い息子に果物屋の父が語る、悲劇を生きのびた哲学者のテンドラー教授の物語。収容所を生き延びて家に戻った少年は、主人一家が誰も戻ってこないと思い込んでいた乳母一家の企みを聞いてしまいます。それは少年が哲学者になった瞬間でした。非情な選択をし続けた教授の生涯を聞いたとき、息子もまた「哲学」を感じるのでした。

他に、ユダヤの少年たちをいじめる反ユダヤ主義者に対する滑稽で哀しい復讐劇「僕たちはいかにしてブルーム一家の復讐を果たしたか」、改名までしてユダヤ性を捨て去ろうとした男が罪悪感にさいなまれる「覗き見ショー」、たった一人の老ファンにつきまとわれる落ち目の老作家の思いを描いた「読者」が収録されています。

2013/8