りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

夏の嘘(ベルンハルト・シュリンク)

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名作朗読者帰郷者の著者による、逃げてゆく愛以来10年ぶりになる短編集のテーマは「嘘」でした。

人は「嘘」をつきます。自分を守り他者を傷つけるためではなくても、親しい人を守ろうとして、世間の共通認識に合わせようとして、単に真実を話しそびれて、ついてしまう「嘘」もあります。それでも「嘘」は、その代償を求めるのです。

「シーズンオフ」 シーズンオフの避暑地で知り合った女性と恋に落ちたドイツ人のフルート奏者は、ニューヨークでの生活について詳しく語ることができませんでした。今後も付き合い続けるのなら、わかってっしまうことなのに・・。

「バーデンバーデンの夜」 何も起きなかったガールフレンドとの関係を、アムステルダムに住む恋人に信じてもらえなかったドイツ人の劇作家は、何かが起こったかのような嘘をつくのですが・・。

「森の中の家」 アメリカに移住した後、何も書けなくなってしまったドイツ人作家は、アメリカ人の妻が作家として評価が高まっていく中で、平穏な家族の生活が失われることを恐れます。妻の文学賞受賞を知らせまいとして取った行動は・・。

「真夜中の他人」 フランクフルトまでのフライトで隣り合わせた男の語る冤罪話は真実なのでしょうか。その男の話に含まれる真実と嘘に気づいた男は、逆に親近感を覚えてしまいます。

「最後の夏」 アメリカの大学に招かれたドイツ人教授は、妻や子どもたちに恵まれて豊かな年月を過ごしましたが、死病に罹ったことを妻子に隠したまま、海辺の別荘で最後の夏を過ごした後の安楽死を決意しました。それは家族を苦しめまいとする配慮だったのですが、夫の秘密を知った妻は怒って夫を置き去りにしてしまいます。

リューゲン島ヨハン・セバスチャン・バッハ 父ときちんと話し合ったことがなかった息子が、共通の趣味であるバッハのコンサートに父を誘い出します。父本人のこと、とりわけ記憶にない実母のことを語り合いたいとの思いがあったのですが、父はバッハを語ることしかしません。バッハの音楽に涙を流しても、心の中を語ることはないのです。

「南への旅」 孫娘に頼んで旅に連れ出してもらった祖母が向かった先は、昔自分を捨てた恋人が住んでいた町でした。しかし祖母は本当に恋人に捨てられたのでしょうか。彼女が自分についた嘘の上に築かれた人生は豊饒なものでしたし、いずれにせよ、2人の間には取り戻せない長い時間が流れていたのです。

はじめの数編では、ドイツ人男性と外国人女性の間に起きる微妙な齟齬がテーマの連作集かと思わされましたが、それだけではありませんね。長年連れ添った夫婦の間でも、家族の間でも、あるいは自分自身に対してさえ「嘘」は語られるのです。

2013/7