りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

ぼくはただ、物語を書きたかった。(ラフィク・シャミ)

1946年にシリアのダマスカスに生まれ、1971年に25歳でドイツに亡命した後に児童文学者となった著者の回想的なエッセイです。

 

祖国を捨てた上に母語を捨ててドイツ語で作品を綴ることを選んだ「第二の亡命」。亡命作家は政治的な小説だけ書いていればいいという偏見との戦い。ドイツにも数多いアラブ世界に対する無知や偏見の指摘。今なお彼を敵視し続けるシリアのアサド政権からの嫌がらせ。それでも彼が語る言葉に悲壮感はなく、どこか軽妙さを感じさせるのは著者の人間力なのでしょう。「物語ることは、常に人間的な希望と結びついている。物語る人間は、希望を抱いている。非常に暗い物語でさえ、暗さのない未来への芽を宿している」との言葉は象徴的です。

 

著者が作品と向き合う真摯な姿勢は、「どうしても書かずにいられないときだけ書け」から始まり、「忍耐を失ってはいけない」で終わる、若い作家に向けての25のアドバイスにも現れています。「ラフィク・シャミ」というペンネームは、「ダマスカスから来た友人」を意味しているとのこと。シリアのアラム人家庭に生まれてキリスト教徒として育ち、ドイツ人の妻を持つ著者ですが、彼の執筆意欲の原点は失った故郷への愛なのでしょう。

 

児童文学が主戦場ですので、「大人向けの残酷なメルヘン」である『ミラード』しか読んだことがありませんでした。著者の代表作として名高い『愛の裏側は闇』も読んでみましょう。ダマスカスを舞台にして、カトリックギリシア正教の2つの家の100年にわたる確執を描いた作品だとのことです。

 

2022/8