りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

愛の裏側は闇1(ラフィク・シャミ)

著者は、1975年に25歳の若さでシリアからドイツに留学し、ドイツ語で作品を綴り続けている作家です。「千夜一夜物語」のように語られる童話風の作品が多い印象ですが、本書は本格的な長編作品。著者と似た境遇でありながら6歳年長の青年ファリードを主人公としているのは、シリアにおいてこの年齢差が決定的に重要であったからにほかなりません。1940年に生まれて1960年代に青年期を過ごしたファリードの世代は、独裁や戦争という悲惨な体験を潜り抜けなくてはならなかったのです。

 

物語は、ダマスカス近郊の片田舎の高地マーラ村にルーツを持つ男女の悲恋物語をベースとして進んでいきます。ムシュターク家のファリードとシャヒーン家のラナーは、12歳で出会ってすぐに恋に落ちますが、両家は何十年もの間、村の支配権を巡って抗争を続けてきた仇敵同士でした。オスマン時代から村を守ってきた由緒正しい正教会教徒のシャヒーン家に対し、ムシュターク家は3代前に流れ着いて村に繁栄をもたらしたカトリック教徒だったのです。

 

1970年に秘密警察高官の惨殺死体が発見される場面から始まる物語は、殺人事件の謎を放置して1907年へと戻ります。この年にマーラ村に逃げ込んできたムシュターク家のジョルジュと、村の権力者であったシャヒーン家のユースフの関係が、どのように始まったのか。なぜ両家は互いに犬猿の仲となり、それが彼らの息子たちの時代に流血事件を起こすまでにこじれてしまったのか。それぞれ保守的で家父長的な家系における傍系であったファリードとラナ―の親はダマスカスに住居を構えたものの、なぜ一族との関係は切れていないのか。モザイク画に描かれた神話のように語られているものの、内容はかなり凄惨です。

 

両家の歴史は、互いに仇敵の家系の者とは知らずに出会ったファリードとラナーの恋の行方が厳しいことを予感させますが、本書は単なる「ロミオとジュリエット」ではありません。1960年代のシリアという時代は、2人にとてつもない試練を与えてきます。

 

2022/9