りぼんの読書ノート

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最終飛行(佐藤賢一)

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フランス中近世を舞台とする小説の第一人者である著者が、はじめてフランス現代史に挑んだ作品が2019年に出版された『ドゥ・ゴール』です。その2年後に書かれた本書は副産物なのかもしれませんが、作家と戦争というテーマは小説家として避けては通れないものなのかもしれません。第二次大戦開始の時点で既に『南方郵便機』、『夜間飛行』、『人間の土地』などの作品を生み出してベストセラー作家となっていたサン・テグジュペリは、なぜパイロットとしての偵察飛行にこだわり続けたのでしょう。

 

物語は、ドイツの電撃作戦の前にあっけなくフランスが敗れ去った時点から始まります。サン・テグジュペリが所属していた偵察飛行隊は解散となり、できるだけ多くの飛行機をフランス南部へ、さらにアルジェリアへと避難させますが、ペタン元帥の率いるヴィシー政権ナチスと講和して事実上の属国へと成り下がってしまいます。アメリカへ亡命した彼は、ヴィシー派はもちろんですが、イギリスで亡命政権を開いたドゥ・ゴール派にも与しませんでした。ドゥ・ゴールがフランス人同士を戦わせたことが許せなかったのです。しかしこのことが、彼の政治的立場を困難にしていきます。

 

そんな葛藤の時期に描かれたのが『星の王子さま』でした。自ら挿絵も手掛けた児童書として、後に著者の代表作とされるに至りますが、これは「平和主義者のユダヤ人ジャーナリストである友人レオン・ヴェルト」に捧げた作品です。王子様が世話をした我儘なバラの花が、妻のコンスエロであることもよく知られていますが、王子様が身体を捨てて故郷の星へと帰るエンディングは、少々謎めいています。後に戦線に復帰して危険な偵察飛行を繰り返した後に消息不明となる、サン・テグジュペリの運命を暗示しているようでもあるのです。

 

これだけで済ませればサン・テグジュペリへの好感度は高いままなのでしょうが、著者は彼のダークサイドも描き出します。美しい妻コンスエロがありながらあちこちで公然と浮気をし、「自分が美しいと思い精一杯の世話をしたバラはやはり愛おしく自分にとって一番のバラなのだ」という王子様の境地に至ることもなかったのかもしれません。ドゥ・ゴールを毛嫌いし、年齢オーバーで新鋭機にも熟知していないのに飛行機操縦にこだわり、そのために貴族でベストセラー作家であるという立場を利用したことなどを、どう理解すればよいのでしょう。「最後まで空を愛した子供であった」という綺麗ごとに纏めてしまっていいものなのかどうか、読後感はかなり微妙でした。

 

2021/9