りぼんの読書ノート

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酸っぱいブドウ/はりねずみ(ザカリーヤー・ターミル)

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1931年にダマスカスで生まれ、現在はシリアを代表する文学者となっている著者の短編集「酸っぱいブドウ」と、中編「はりねずみ」が収録されています。

59編もの短編からなる「酸っぱいブドウ」では、架空の地域「クワイク街区」を舞台として、暴力・抑圧・貧困・欲望・性差別・不道徳に溢れる物語が、寓話的に描かれて行きます。同じ「エクスリブリス」から刊行されたイラク人作家、ハサン・ブラーシムの死体展覧会のストレートな表現とは異なりますが、扱っているテーマは同じもの。

権力は横暴であり、加害者も被害者となり、騙す者も騙され、服従を強いる者は裏切られる。しかも容易に立場の再逆転が起こるため、永遠にハッピーエンドは訪れそうにはないのです。最も悲惨なのは女性であり、富者の妻も貧者の妻も、不幸さにおいて変わりはありません。唯一可能な反抗は不貞なのですが、これだって命がけ。ユーモラスな語り口でさえ、次第に不気味に思えてきます。そして、全ての人間が胎児化することで平穏な世界が訪れるという「最後のはなし」で、不気味さマックス。

「はりねずみ」は、妖精や、猫や、オレンジの樹や、家の壁などとも会話しながら生きていく、6歳の少年の物語。しかしそんな幻想的な世界にも、大人の現実世界は忍び寄って来るのであり、少年も無垢なままではいられません。そして最後に30年後の元少年が、今でもそれらと会話できるものの、その内容は殺伐としたものに変化しており、彼が描く街の絵はただの灰の山にすぎないであろうことが示されます。

本書が刊行された2000年当時は、一時的に民主改革が進んだ「ダマスカスの春」と呼ばれる時代です。その後のシリア内戦の激化、イスラム国の台頭の中で、著者の作品はどのように変化していったのでしょう。それを知るのは怖いのですが。

2018/8