りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

渡りの足跡(梨木果歩)

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以前のエッセイ水辺にてでは、カヤックを漕ぎながら、鳥と語らい、木々の匂いをかぎ、水の流れに身を委ねる趣味について触れていらっしゃいましたが、バード・ウォッチングの趣味は本格的なものだったのですね。

著者は、鳥たちの「渡り」に思いを馳せながら、知床、新潟、諏訪湖カムチャッカへと向かいます。今、目にしている鳥たちも、命がけの渡りをして奇跡的にたどり着いた結果、ここにいるのではないかと。この鳥たちが話してくれたら、それはきっと人間に負けないくらいの冒険譚になるのではないかと。

著者の思いは、鳥たちの「越境」へと向かいます。それは「侵略」などという行為とは次元も質も異なり、むしろボーダーなどは意識せずに自分の心の赴くままに、自分の外界と内界の境を越えることではないかと。さらには、ひとつの生命体の意志の向こうにあるものとは何なのかと。

壮大な旅を行う生き物という意味では、人もまた同じです。島伝いにアリューシャン列島を渡った人々、シベリア奥地を旅した「デスルーウザラー」の作者アルセニエフと愛犬アリパ、捕虜収容所に収監されてアメリカに絶望した日系2世の青年たち、昭和10年に宮城から知床に嫁いだあやさん・・。どれも奇跡的なこと。

「生物は帰りたい場所へ渡る。自分に適した場所、自分を迎えてくれる場所。自分が根を下ろせるかもしれない場所。本来自分が属しているはずの場所。還っていける場所。たとえそこが、今生では行ったはずのない場所であっても」というラストの一節は、著者の心からの思いなのでしょう。

2013/7