りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

ヒトラーの描いた薔薇(ハーラン・エリスン)

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今年の6月に亡くなった著者は、1934年にオハイオで生まれ、1960年代から70年代に欠けて実験的なSF作品を生み出したニューウェーブ運動を代表する作家であった一方で、当時のTVドラマの脚本も数多く手掛けた人物です。著者の作品を初めて読みましたが、とんでもない奇想と激しい情熱を併せ持つオリジナリティを強く感じました。

「ロボット外科医」
正確なロボットに仕事を奪われた外科医の怒りは、均一性を押し付けようとする体制を作った人間に向かいます。ガジェットは古めかしくなっていますが、テーマは現代的です。

「恐怖の夜」、「死人の眼から消えた銀貨」
黒人に対する差別を扱った2作品にはSF的な要素は少ないのですが、あからさまな差別に対する著者の強い怒りを感じます。残念ですが、未だに現代的なテーマなのです。

「苦痛神」
宇宙の最上位神から、全ての生命体に苦痛を与える役割を与えられた神は、生命の本質が苦痛であることを知るに至ります。苦痛神の本質は慈悲心なのでしょうか。

バシリスク」、「血を流す石像」
戦死の寸前に凶悪な力を与えられた帰還兵の物語にも、聖堂のガーゴイルが世界を破壊と混乱に陥れる物語にも、著者の荒ぶる魂が込められているようです。

「冷たい友達」
突然に世界が消失し、ただひとり残された少年に会いに来たのは、ただひとり残された少女でした。凄まじい「ボーイ・ミーツ・ガール」です。

「クロウトウン」、「大理石の上に」
都会の地下に広がる失われたものが存在し続ける幻想的な世界からも、現世に登場して見世物にされたプロメテウスの物語からも、強い喪失感を感じます。これもまた、著者の激しい執筆動機のひとつだったのでしょう。

「解消日」
突然現れたもうひとりの自分に戸惑う男でしたが、コピーのほうが本来やるべきだったことをしっかりこなしているのです。1週間後に消え去ったのは、どちらだったのでしょう。

ヒトラーの描いた薔薇」
無数の凶兆が世界に顕現して地獄の扉が開き、希代の悪人たちが脱走を始めた時、ヒトラーは門の横で静かに薔薇の絵を描いていたのです。ヒトラーを登場させた意図は不明ですが、罪なきものを地獄に落とした過ちを認めない神への静かな怒りを感じます。

「睡眠時の夢の効用」
男の脇腹に小さな鋭い歯が詰まった口が開いて、熱風が吹き出してきます。他者には見えない脇腹の口は、幻想なのか、それとも何か忌まわしいものなのか。本書の中で最後期の1988年の作品は、記憶と忘却の物語だったようです。

本書の前にも『世界の中心で愛を叫んだけもの』と『死の鳥』という短編選集が出版されているとのことです。強烈だったので、ちょっと時間を置いてから読んでみようと思います。

2018/10