りぼんの読書ノート

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極北(マーセル・セロー)

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極寒のシベリア。文明は崩壊しており、「天国よりもさらに空っぽな街」で孤独に生き延びているメイクピース。凍てついた心は、ひとたびは同居人として迎え入れた少女の死と、飛行機の墜落の目撃によって揺り動かされます。しかし主人公が見出したものは、文明の残滓を手中とした者たちが他者を奴隷化して、汚染地域をサルベージさせている荒涼たる光景にすぎませんでした。

西側世界からシベリアに移住した宗教者が作り上げた街で生れたメイクピースにとって、文明崩壊の過程は、劇的なものではありませんでした。流入民の増加が街のわずかな蓄えを喰らいつくし、飢えた人々の争いを巻き起こし、やがて皆が街を去るか死に絶えていっただけのこと。はじめて街の外に出た主人公は、文明の希望を探し当てるどころか、罠にかかって捉えられてしまいます。

しかしコンパスなど何の役にも立たない北限の世界で吐かれた、「真北のように揺らぐもののない指針はもはや正義ではない」との主人公の言葉に含まれているものは、諦観だけではありません。思いがけずも終末に居合わせてしまったにもかかわらず、再度この世界で生き延びていこうとする決意が含まれているのです。受難と和解しえる強靭さの、何と美しいこと。

ポール・セローの長男である著者は、チェルノブイリの立入禁止区域内で自給自足の生活を送る老女と出会ったことから、本書を着想したとのこと。3年前に書かれた作品ですが、「3.11」を経験した日本人にとっては決して遠い未来のこととは思えません。訳者の村上春樹さんがあとがきで記したように「優れた物語には常に予感が含まれている」のです。「意外感に満ちた展開」も見事です。

2013/5