『荒野の呼び声』や『白い牙』で有名なジャック・ロンドンが、鉄道無賃乗車でアメリカを渡り歩くホーボー少年であったことや、アザラシ漁船の乗組員だったり、アラスカの極地でゴールドラッシュに加わったりと、流行作家となる前は波乱万丈の生活を送っていたことは、最近になって『ジャック・ロンドン放浪記』で知りました。でも、SF黎明期のH・G・ウェルズと同時代に、一種のSFともいえる「終末論小説」を書かれていたことまでは、この本を読むまで知りませんでした。
本書は1912年に出版されたものですが、描かれている時代は「赤死病」の大流行によって大半の人間と文明があえなく亡び去った2013年から、60年後のこと。かろうじて大災害を生き延びた当時27歳の青年大学教授が、死を間近に控えた老人となって子孫の若者たちに「赤死病」流行当時の出来事を語るという構成です。
100年も前に書かれた小説ですから、亡びる直前の「文明」の様子が飛行船や無線電報などいささか時代がかっていることは仕方ありません。しかし、死病の流行とともに群集が暴徒化して、文明の崩壊に拍車をかけていく状況の描写や、それ以降失われていくものは、技術や利便だけでなく、人間性そのものであろうとの洞察には、今読んでも迫力を感じます。
すなわち、教育や貨幣や世界の交通・通信が失われるとともに、言葉は退化し、秩序は失われ、呪術を信奉し、老人の知性に尊敬を払うことなく、弱まった体力を笑い者とする野蛮人にまで堕ちるところから、人類はやり直さなければならないとされるんですね。一例をあげると、「Scarlet Plague」である赤死病を「Red Death」と言わなくてはならないほどに若い世代の言葉の退化が進んでいて、元大学教授の老人が使う専門用語はもはや通じません。これはかなり、怖いことです。
2010/6読了