りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

2010/12 武士の家計簿(磯田道史)

12月の1位には「新ジャンル」を切り開いた感のある『武士の家計簿』を選びましたが、10年前に出版された『銃・病原菌・鉄』には圧倒されました。人類史上の壮大なミステリである文明発展過程への挑戦は、決して単純な環境決定論ではありませんが、動植物相や地形を含めた「環境」が全てを分けたとの推論には強い説得力を感じます。

春から読み進めていた「シャーロック・ホームズ」シリーズ(新潮文庫版全10巻)を読了。これで私もシャーロキアン
1.武士の家計簿(磯田道史)
古書店で見出された古文書に記されていたのは、ある武家の4代に渡る精緻な家計簿。そこから著者が見出したものは、徳川時代の貧困を耐え忍び、幕末から明治の動乱期を生き延びた一家の見事な処世術でした。冠婚葬祭の喜びや悲しみ、家財売却の苦渋の決断、教育への情熱・・これはもうドラマです。本書が映画化されたというのも頷けます。

2.銃・病原菌・鉄(ジャレド・ダイアモンド)
2.文明崩壊(ジャレド・ダイアモンド)
著者はこの両書で「人類史を歴史科学として研究する」との自らが打ち出した課題に対するひとつの回答を書き上げました。「文明の誕生と発展過程」が人類史上の古代のミステリであるならば、その「崩壊過程」は未来への警鐘であり、現代に生きる我々の行動指針として生かされるべきものです。両書は多くの人々の基礎研究を総合した推論であり、今後とも検証や反証が行なわれていくのでしょう。彼の後に続く研究者も多いはずです。

3.音もなく少女は(ボストン・テラン)
夫に虐待され続けながらも信仰を失わず、娘のために夫との対決を決意するクラリッサ。聴力障碍を持ちながら、カメラを手にして自分を拒む父親と世界に対峙する少女イブ。教会で運命の出会いを果たした母と娘に、援助の手を差し伸べる孤高の女性フラン。女性を虐待し続ける男どもの系譜に対するのは、自分よりさらに弱い女性たちのために立ち上がる女性たち。彼女らの闘いには、凛々しさ、気高さ、崇高さを感じます。

4.おっぱいとトラクター(マリーナ・レヴィツカ)
84歳の父親が、故国ウクライナからやってきた36歳の巨乳美女と再婚! それに反対する娘を主人公にしたドタバタ家族コメディですが、それだけではありません。父や姉とはじめて真摯に向き合った主人公は、故国の歴史と重なる家族の過去に気付いていくのでした。トラクター工場のエンジニアだった父親が作中で綴る「ウクライナ語版のトラクター小史」も効いています。ひどい邦題ですが、よく考えるとぴったりかも。^^

5.卵をめぐる祖父の戦争(デイヴィッド・ベニオフ)
主人公は著者の祖父。ナチス包囲下のレニングラードで、夜間外出禁止令違反で逮捕されたレフに出された釈放条件とは、卵1ダースを5日以内に持ってくること。極限の飢餓状態にある街で卵など手に入るはずもなく、ドイツ軍占領地域に乗り込むレフと脱走兵のコーリャ。ファンタジーめいた設定であり、ユーモアとペーソスを効かせた淡々とした口調ながらも、戦争の悲惨さがリアルに描かれていきます。本書を貫いているのは激しい反戦思想なのです。



2010/12/29記