りぼんの読書ノート

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青べか物語(山本周五郎)

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浦安に住んで10年近くなる者としては、この本を読まないわけにはいきません。今年の読書ノートはこの本で締めくくることにしましょう。

著者が住んでいた昭和のはじめの浦安(小説では浦粕)は、江戸川(小説では根戸川)の河口にあった漁師町。現在ではTDRやマンション群が建ち並ぶ埋立地は「沖の百万坪」と呼ばれていた広大な干潟で、漁師たちは一人乗りの平底船である「べか船」ですいすいと漕ぎ回って魚を釣り上げ、大潮の時にはカレイを踏んで拾う(!)こともできたとのこと。カワウソやイタチも生息していて、時には人を化かしていたといいますから、もうこれは、ファンタジーのような世界ですね。

駆け出しの小説家であった著者は、主な交通手段であった蒸気船の発着場近くに住んで住民からは「蒸気河岸の先生」と呼ばれていたものの、半失業者のような状態ですから、特に尊敬されているわけでもありません。

小ずるい芳爺さんからは壊れた「青べか」を高値で買わされ、漁師の倉なあこ(兄い)や船宿の長少年からは、漁のしかたや町の常識を知らないと馬鹿にされ、土手の下に並んで料理よりも女を売っている「ごったくや」の女性たちからは冷やかされます。

一方で著者は、浦粕の住民たちの奇妙で猥雑な言動を丹念にメモにとっています。まるで、人類学者が未開の地でフィールド・ワークを行なっているかのように。平野兼の解説によれば、著者の描く浦粕は「権威を嘲弄する理想共同体」とのことですが、いえいえ、そんな気取ったものではありません。もっと野性味溢れる雰囲気です。

本書を読んでの「つれあい」の感想は、「元町の連中はめちゃくちゃだったんだなぁ」。いえいえ、そういうことではないでしょう(笑)。

エピローグ的に置かれた「30年後」の章で浦粕を再訪した著者は、皆から忘れられてしまっています。著者が描いたのは実際には存在していない架空の町だったと強調しているかのよう。ただし、天麩羅屋の「天鉄」などは郷土博物館に再現されていますので興味のある方は訪れてはいかがでしょう。「べか船」の現物を見ることもできますよ。

2010/12