りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

ブラックボックス(篠田節子)

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先端技術を利用した「完全制御型植物工場」というものが、日本の農業に革命を起こす切り札的な存在として脚光を浴びつつあります。いわく、安定供給、無農薬、高速生産、土地の高度利用、非熟練労働者による運営を可能とし、日本の食料自給率の向上や、今まで農業に適さなかった地域での食糧生産を可能とするというのです。

本書は「完全制御型植物工場」が大規模に実用化されつつある近未来を舞台として、それはかえって「食と環境の連鎖」を崩壊させてしまうのではないかという疑問を提示した、意欲的な作品です。

東京から故郷に逃げ帰りサラダ工場で働くパートタイマーの栄美。植物工場を立ち上げようという企業と組んで新しい農業を目指す野菜生産者の剛。学校給食の現場で仕事に燃える栄養士の聖子。同級生の3人それぞれの現場で起きる問題が、複雑に絡み合って疑惑が生まれます。

工場の寮でいつも工場の生産品を食べている外国人女性労働者の病気と奇形児の出産。パイロット工場でトラブルが起きた時の影響がわからない生産物。子どもたちに広がるアトピーや急性中毒の発生。疑問を抱いて自分たちで検査をしても、全ては法の基準値内。しかし基準の存在しない物質も多く、組み合わせで何が起きるかわかっていないことも多いのです。

植物工場の社長は誠実な人物であり、未来の農業への理想を熱く語ります。決して利益至上主義や悪意が起こす問題ではないのです。主人公の3人だって生活もあるし、全てを投げ捨てて闘えるわけもありません。3人の孤独な闘いの行方は、果たしてどうなるのでしょうか。

著者は、「先端技術の中に人間の知恵の限界が潜んでいるのではないか。技術が暴走した時、まさかと思うようなささいな落とし穴があるのではないか」と語っています。確かに「植物工場」の弱点は高コストにあり、工業生産品のように無駄を排除した運営が求められるのですが、無駄と思えることが問題を吸収している可能性もあるんですね。

現在の日本農業がこのままでいいとは誰も思っていないでしょうし、世界的な巨大化学産業が支配する遺伝子組み換え技術に「食」を支配されるなんてことは、もっと恐ろしく思えます。では何が打開策であり、解決策になりえるのか。「植物工場」はひとつの答えであっても、慎重さは必要なのです。「食料問題」を「エネルギー問題」に、「植物工場」を「原発」に置き換えてみると、本書の趣旨はより明快になるのかも・・。

2013/4