りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

ぼくは覚えている(ジョー・ブレイナード)

イメージ 1

「ぼくは覚えている」というフレーズで始まる短い回想を書き連ねた、詩集のような作品です。ここで綴られるのは、幼い頃の思い出、家族のこと、映画や芸術のこと、当時の有名人、ニューヨークに上京した時に感じたこと、成功への夢想と過去の後悔、ゲイだった著者の性の目覚め、今に至るまで続いている思いや行動など。

たとえば母への思いは、「ぼくは覚えている。一度だけ母が泣いたのを見たことを」、「ぼくは覚えている。母がいろんなものから小さなほこりを取っている姿を」のようなフレーズに現れます。

過去への後悔は、「ぼくは覚えている。あれをやらなかった、これもやらなかったと悔やんだことを」、「ぼくは覚えている。今わかることが昔もわかっていたらよかったのに」。

1950年代に少年時代をすごした著者らしく、黒人問題にも触れられます。「ぼくは覚えている。黒人がバスの後部席に座らないといけなかったことを」、「ぼくは覚えている。黒人の醜さを気の毒に思ったことを」。

また、「ぼくは覚えている。すごくよく知っている人間が、突然、赤の他人になっている瞬間を」、「ぼくは覚えている。朝になったら、すべてがばからしく思えたことを」というようなことは、多くの人が感じたことがあるのではないでしょうか。

作家というより芸術家であった著者にとって、この作品は「コラージュ」のようなものなのでしょうか。しかしそこに収められているものは、自身の半生を断片的に集積した自伝なのか。それとも鮮烈な過去のイメージを散りばめた詩集的なフィクションなのか。

どちらにしても、本書の中から浮かび上がってくるのは、1950年代アメリカ大衆文化の記憶であり、「平和な家庭」が強迫観念的なまでに称揚された時代に、保守的なオクラホマのタルサで、同性愛的傾向を自覚した十代の少年の「生きにくかった思い出」です。短いけれど強烈な作品です。

2013/4