りぼんの読書ノート

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キンドレッド(オクテイヴィア・E・バトラー)

1979年に書かれた作品ですが、今なおリアリティを失ってはいません。物語はタイムスリップというSFファンタジー形式をとっていますが、根底にあるのは現在に至るまで解決していない人種差別問題です。

 

1976年当時の「現代」、カリフォルニアで白人男性ケヴィンと結婚している26歳の黒人女性デイナは、ある日突然19世紀初頭のメリーランドにスリップしてしまいます。彼女はそこで溺死しかけている白人少年ルーファスを救うのですが、彼は黒人奴隷を多く抱えた農園主の息子でした。はじめはすぐに現代に戻れたものの、ルーファスが生命の危機に陥るたびに彼女は「呼ばれて」しまうのです。そして彼女自身の生命が脅かされることで現代に戻ってくることができるようなのです。

 

現代と過去の時の流れの違いのせいで、ディナが呼ばれるたびにルーファスは年齢を重ねていきます。一緒に育った黒人女性アリスを好きなのですが、彼にできるのはアリスを暴力的に支配することだけ。アリスが愛した黒人男性を売り飛ばし、アリスには体罰を与え、アリスとの間に生まれた子どもたちを人質にとって、アリスの服従を迫るのです。ルーファスとアリスの間に生まれた息子から、自分の家系が始まると知ったデイナは、ルーファスの考えを改めさせようとするのですが・・。

 

著者は学生時代に一員であった黒人学生同盟の仲間が「奴隷制時代の黒人は抵抗すべきだった」と非難したのを聞いて、「この男を当時の南部に送り込んで、どれほど耐えられるかみてやりたい」というサディスティックな願望を憶えたとのこと。その結果が本書に結実したわけですが、そんな男を主人公にしてもすぐに殺されてしまうだけで話が続かないとわかり、著者自身をモデルにいた女性を主人公にしたわけです。自分が誰かの「所有物」になるのを防ぎ、人間の誇りを守るために、デイナが失った命がけの代償とは何だったのか。悪魔的な社会制度のもとからは、人は無傷では脱出できないことを示しているのでしょう。

 

2022/10