りぼんの読書ノート

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いちばん初めにあった海(加納朋子)

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1992年に『ななつのこ』でデビューした著者が1996年に著わした比較的初期の作品ですが、著者独特の「さわやかな日常の謎」からはかなり遠いところに位置しています。 

 

物語は、引っ越しのために部屋を片づけて千波が、読んだ覚えのない本を見つけるところから始まります。記憶にないものの何故か懐かしい本のページに挟まっていたのは、YUKIという人物からの「わたしも人を殺したことがある」という謎めいた言葉。千波は過去の記憶を呼び戻そうとするのですが・・。 

 

そもそもなぜ千波が過去の記憶どころか言葉まで失い、父親のもとを離れてひとりで暮らしているでしょう。読者は、典型的な「信用ならざる語り手」とともに過去へと遡っていくことになります。過去を知ることは、千波にとって逃れたはずの苦痛を再体験することでしかなかったのですが、それなくしては再生はあり得ませんね。 

 

かつての千波の親友で彼女を現実に立ち戻らせた、過YUKIこと結城麻子が「育児放棄していた母を殺した」との思い込みから救済される過程を描いた「化石の樹」が併録されています。というより、この2作は併せてひとつの作品世界を形成しています。冒頭に置かれた「すべての母なるものへ」という言葉は、両方の作品に対する献辞なのです。 

 

2019/12