りぼんの読書ノート

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2013/1 エコー・メイカー(リチャード・パワーズ)

辻邦生さんの畢生の対策である『ある生涯の七つの場所』を一気に読むことができました、これまで断片的にしか読んでいなくて全貌を理解できていなかったのです。主人公たちのタテの物語のみならず、脇役にあたる人たちのヨコの物語が興味深いですね。もちろん総体として「時代と個人の関係」はしっかりと著者の思いをこめて描かれているのです。

しかし今月の第1位は『エコー・メイカー』でしかありえません。傷ついた脳の物語から傷ついた社会について読者に考えさせ、最後には感動まで与えてしまうのですから、さすがに現代最高の作家のひとりです。
1.エコー・メイカー(リチャード・パワーズ)
損傷を受けた脳が自我の歪みを正当化するために、現実のほうが歪んでいるのではないかと思い込もうとすることがあるそうです。親しい人を偽物と思い込んでしまう「カプグラ症候群」に陥った弟を介護する姉や、彼の症例を研究する研究者が、自分の脳が作り出す妄想と虚構の中に逃避する行動との違いはあるのでしょうか。そして、9,11テロで損傷を受けたアメリカは虚構を作り上げてはいないのでしょうか。こんなストーリーから、感動をもたらすエンディングにもっていくなんて、もはや神業です。

2.ある生涯の七つの場所(辻邦生)
著者が15年間かけて書きあげた本書は、エピローグまで入れると60年に渡る期間の歴史と個人の関わりを描いた大河小説でありながら、短編連作集という様式を取っています。虹の七色になぞらえた各14編の7つのシリーズにプロローグとエピローグを加えて合計100編という壮大な構成の作品群は、主人公たちのみならず、各挿話に登場する同一人物の人生をも描き出していきます。各挿話のそれぞれを、独立した短編として見ても高水準です。

3.光圀伝(冲方丁)
水戸徳川家の3男でありながら兄を差し置いて世子に選ばれたことを「不義」と感じた光圀は、生涯をかけて「大義」を追求することになります。その集大成が「大日本史」となるのですが、その影には両親や、師や、妻や、友人や、弟子たちとの貴重な交流があったのです。晩年の光圀が愛弟子を殺害した理由を探るミステリ仕立てで綴りながら、光圀の大義の意味と時代的な限界まで追及しようとした力作です。主人公はじめ登場人物のキャラが立っているのもいいですね。


2013/1/30