りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

日御子(帚木蓬生)

イメージ 1

文字を有していなかった日本の古代史は謎に包まれていて、「漢委奴国王」の金印と「魏志」における「邪馬台国」の表記を除いては信頼に足る史料は存在していないと言い切れるほどです。しかも、金印と倭人伝の間には200年もの空白期間があるのです。

その間の往来はなかったのか。、朝貢する際の言葉や儀礼に問題はなかったのか。著者による、それらの謎への回答が本書の主人公たる「アズミ一族」です。はるか昔に倭国に渡ってきて、小分立していた各国に住み着きながら代々「使譯(通訳)」としての役割を果たすべく言葉と文字の伝承に努めていた一族がいたというのです。

彼らが何より求めるものは各国の平和であり、次いで求めるものは何世代かに一度しか訪れない朝貢という晴れ舞台でした。そもそも平和な時代でないと朝貢などできませんから。彼らが一族に伝える3か条の教えは「人を裏切らない。人を恨まず戦いを挑まない。良い習慣は才能を超える」であったといいますから、さぞ勤勉な一族だったのでしょう。

物語は、那(奴)国から後漢への朝貢使譯を担当した灰、倭国大乱後の伊都国から後漢への朝貢使譯を担った針(灰の孫)、弥摩大国(邪馬台国)で日御子(卑弥呼)に仕えて巫女頭となった炎(針の姉の孫)と魏への朝貢使譯となった在(炎の甥)へと連なっていきます。

これが皆、勤勉な歴史の裏方でありながら、世界的な視野を持つ魅力的な人物なんですね。漢の文化に目を見張るのみならず文字の必要性を痛感し、すでに司馬氏の晋に実験を奪われつつあった魏の将来を憂い、倭国内の戦争を治めるべく王に意見し、外交官としての役割をも務めるのですから。

ところで灰の痛恨の一事は「那国」を「奴国」と金印に刻まれてしまったことでした。伊都国を正しく記述させた針は祖父の悲願を適えたことになります。となると「邪馬台国」の「卑弥呼」など万死に値しそうなものですが、そこをスルーしたのは大乱が迫っていたためにやむをえなかったということでしょうか。

著者は「邪馬台国九州説」に組しています。日御子亡き後の弥摩大国は句奴国との戦争を回避し、ともに手を取り合って東征に乗り出したというのですが、どうなのでしょう。ともあれ、謎の多い日本古代史に題を取った大河ドラマは、野心的で楽しい作品でした。何より、これだけの時代と人物を描き分けてストーリー的にも、史実との検証の点でも破綻を見せない筆力は凄いですね。

2013/1