りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

霧の聖マリ(辻邦生)

イメージ 1

壮大なシリーズある生涯の七つの場所の第1巻では、恋人エマニュエルとともに欧州を転々としながら人民戦線や内戦の遺した傷跡に触れる「黄の場所からの挿話」と、少年が朧げな女性観や死生観を認識していく過程の「赤の場所からの挿話」の前半が、交互に綴れられていきます。

【黄の場所からの挿話】
「1.亡命者たち」 1970年代のパリで主人公の青年が見たものは、パリの下町ホテルに20年間ひっそりと隠れ住み、盲目のレモン売りの少女にのみ心を開いていた無口な老人ゲオルグが殺害された事件でした。

「2.女たちの館」 スペインでの映画ロケに同行した青年は、村で知り合った女性ビセンタと精神を病んだ叔母イサベラの複雑な関係を聞かされます。内乱時の裏切者となったイサベラの恋人を殺害したのはビセンタの母親だったのです。

「3.霧の聖(サント)マリ」恋人エマニュエルの故郷フォントナーユを訪問した青年が案内された教会裏の墓には悲しいエピソードがありました。国境の向こうから来た怪我人を看病して愛するようになった女性ソフィーが、村を出ようとした男を撃ったというのです。

「4.ロザリーという女」老女ロザリーが飼っていたインコの悪態はロザリー自身の声でした。人民戦線の戦闘員だた夫は病死し、息子ミッシェルは組織の裏切り者として殺されたという過去があったのです。

「5.鉄橋」 南仏で乗せてもらったトラックの運転手の父は、妻に駆け落ちされた鉄橋技師だったとのこと。後に出会ったホテルで働くアンナの恋人は、父親が鉄橋技師だったために鉄橋爆破を拒んで逃亡した男だと言うのですが、同一人物なのでしょうか。

「6.燕のくる町」 シチリアを訪れる列車で乗り合わせた護送中の囚人が逃亡。ヨットを盗まれたという、町で出合った靴屋は囚人の仲間だったのでしょうか。

「7.暮れ方の光景」 大学町で静かに暮らす老人の息子は、父親はスペイン内乱に参加したアナーキストだったと恨みを述べます。情熱ではなく、気まぐれで家を捨てたのだと。

【赤の場所からの挿話】
「1.雪の前 雪のあと」 母が着物の仕立てを頼んでいた美しい駒子が、招集されたキリスト教徒の大工と心中したと聞いて、幼い少年の心は揺れ動きます。

「2.落葉のなか」 父の友人の娘・素子に幼い恋情を抱いた少年でしたが、素子が意に染まない結婚をすることは最後まで知らされませんでした。素子は8年後に病死するのですが・・。

「3.北海のほとり」 医大を終えたばかりの無頼な叔父に預けられた少年は、飲み屋で働く娘・篠ちゃんから、兄がシアトルに出稼ぎ中だと聞かされます。軍医となった叔父がオホーツクの町に赴任したのは、思いを寄せる女性の故郷だからなのですが・・。

「4.坂の下の家」 少年は、近所の印刷所に住み込んで雑用をこなしていた娘に「女」を感じます。その印刷所には特高刑事の手入れが・・。

「5.帰ってきた人」 新しい引き取り先の叔母の娘の婚約者である高村さんがアメリカから帰国して、父の消息を伝えます。アメリカでの生活の辛さとともに・・。

「6.海のむこうからの手紙」 叔父が勤め始めた公立病院で見かけたのは、北国から出てきた篠でした。叔父を頼って都会で働こうと上京した篠がそのまま帰ってしまった理由は何だったのでしょう。後に篠から来た手紙には、アメリカの苦しい生活の中で連帯と信頼を学んでいるという兄からの手紙が同封されていました。

「7.風雪」 母の遠縁にあたる川上源太郎のことを、父は大言壮語しても何もできない男だと悪く言っていました。川上が土産にくれた人形を捨てた少年ですが、母が拾いあげてしまってたことを後に知ることになります。少年は、自分の知らない母の側面を見たように思います。

どの物語も「よくできた短編」ですが、連作としての長い物語はまだ見えてきません。「赤」の少年が、いやにマセた子どもだと思うのですが・・(笑)

2013/1