りぼんの読書ノート

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背教者ユリアヌス(辻邦生)

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辻邦生さんの作品を再読しはじめて、ようやくこの作品にたどり着きました。学生時代に読んで大きな感銘を受けた作品です。

ユリアヌスとは、キリスト教を国教と定めたコンスタンティヌス大帝の甥として生まれながら、皇帝即位後には古代からの信仰を復活させ、ペルシャ攻撃の際に32歳の若さで戦死した人物です。後のキリスト教的史観からは否定的に「背教者」と呼ばれているのですが、辻さんはユリアヌスの生涯をとっても魅力的に描き出してくれました。

コンスタンティヌス大帝の跡を継いだ猜疑心の強い皇帝に一族を皆殺しにされ、兄ガルスとともに幽閉されて育ったユリアヌスにとっての救いはギリシャ哲学の明晰さでした。復讐心に我を忘れることなく常に理性的に振る舞い、質素な生活を貫き、地上の秩序を愛する性格が形作られていきます。それは後に、ローマ帝国の理念を人類の到達した英知の結集として守り抜こうとする決意や、荒廃しつつある古代の教義を再び興隆させようとする望みに繋がっていくのでした。また、市井で勉学に努めた日々からは、金髪の青年哲学者ゾナスや、黒い瞳の少女軽業師ディアとのかけがえのない友情も生まれました。

いったんは副帝に登用された兄ガルスの死や、母の面影を宿す皇后エウゼビアとの運命の出会いを経て、ユリアヌスの運命は激変していきます。唯一残った皇帝の身内であることから副帝としてガリア統治を委ねられたものの、皇帝の猜疑心を煽るキリスト教徒や宦官らの陰謀にあって皇帝と対立。ルティテア(現パリ)の丘でガリアの民に推挙されて皇帝に叛旗を翻したものの、状況は圧倒的に不利な中でついに皇帝正規軍と決戦・・の間際に届いた皇帝病死の知らせ。ついにローマ皇帝に即位したユリアヌスは理想政治の実現に向けて動き出すのですが・・。

本書の後半ではキリスト教徒の不寛容と頑迷が否定的に描かれますが、そこがポイントではありませんね。ユリアヌスを愛するために一線を越えてしまったエウゼビアは輝きを失いますし、は理想の実現のために焦りを見せ始めるユリアヌスの姿も重苦しいのです。著者が描きたかったものは、あくまでもユリアヌスという人物の人生を語ることなのでしょう。音楽的かつ絵画的でありながら抑制の効いた文体が、ユリアヌスのひたむきさや純粋さと見事に調和していて、読者の感動を誘うのです。まさに名著です。

2012/9再読