りぼんの読書ノート

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プラハ冗談党レポート(ヤロスラフ・ハシェク)

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第一次大戦に徴兵されてロシアで捕虜となった体験を反戦ユーモア小説とした『兵士シュヴェイクの冒険』で知られる著者は、1911年のハプスブルグ支配下プラハで政党を結成し、政治活動を行っていたことがあるそうです。そのとき著者は28歳。

その政党の名は「法の枠内における穏健なる進歩の党」。しかし「法の枠内」も「穏健なる進歩」も逆説的につけた名称で、その目的は全ての政党政治を茶番として笑い飛ばす「アナキスト」の集まりだったのです。
というと何やら不穏当な反政府活動のように聞こえますが、実態は自称詩人、自称画家、自称革命家など、文字どおりの「ボヘミアンたち」の集まりで(場所がボヘミアですからね^^)、帝国議会選挙で堂々36票を獲得したのを頂点として1年足らずで自然消滅したとのこと。

「政綱」は、奴隷制の再導入、異端審問性制の導入、聖職者の不可侵性、飲酒の義務化など。「主な活動」は、酒場でほら話を繰り返すこと。「宣伝活動」とはウィーンへの無銭放浪の旅。このような「党」の活動記録は確かに面白おかしいのですが、そこから読み取れるのは当時のチェコがいかに抑圧されていたかという事実。それを馬鹿騒ぎに変えて笑いのめすのは、並の精神力でできることではありません。本書が後に「反ナチス」、「反共産主義」の本とみなされて長く発禁処分にあったということは、それぞれの時代の権力が、本書を正しく評価していたということを意味しているのでしょう。

しかし本書のトーンは徹頭徹尾コミカルであり、陽気な気分に満ちています。「精神的勝利」のみを目指したハシェクの演説を聴いて、同時代人であったカフカが爆笑したというエピソードは、プラハという街のイメージすら覆してしまうほど。

本書の翻訳に8年を費やし、発売を待たずに98歳で亡くなられた翻訳者の来栖さんの人生最後の大仕事と、それを発行にこぎつけてくれた出版社の姿勢に深く敬意を表します。

2012/9