りぼんの読書ノート

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光線(村田喜代子)

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2010年夏から「地の力、地の霊力」というようなものについての連作を開始して、2篇書いたところで大異変が起きたとのこと。ひとつは3月11日の大震災であり、もうひとつは著者自身の子宮ガン発覚と摘出手術。その後鹿児島の病院でのX線のピンポイント照射治療によってガンは消滅し、連載は再開されたのですが、もはや以前と同じテーマで書き継ぐことはできなかったと著者は語っています。

大震災とガンからの帰還を受けて書かれた作品は、おそろしいほど研ぎ澄まされています。福島原発からの放射能拡散と、自身の治療に用いられた放射線。そして南国を照らす太陽は核融合反応の賜物であり、間近に見る火山活動が地球深部における核分裂の影響を受けていることを思い、それらの共通項を不思議に思う気持ちが昇華された作品が表題作の「光線」になっています。

それは、大震災の日に現れた富山湾の蜃気楼を見た人はいたのだろうかと訝る「海のサイレン」にも、オンコロジー(腫瘍学)とオンコロコロ(薬師如来への祈り)の類似を笑いながらも南国の海岸に福島を幻視してしまう「原子海岸」にも、孫の安否を心配する老祖母がゴヤの「巨人」のように立ち上がる姿を夢に見る「ばあば神」にも共通する感覚でしょう。

著者は「これらもまた『地』というものの話だった」と述べています。人間はこの足元の大地が永遠に盤石であることを願うより他にないのですから。

その思いは最後に置かれた「楽園」において、地下深い鍾乳洞に潜ったダイバーの言葉としてはっきりと述べられています。「暗闇の中で人間としての存在を確認し、意識は造物主に限りなく近づこうとする」と。「その時地上は楽園に思える」と・・。

他には、大震災の前に書かれた「夕暮れの菜の花の真ん中」「山の人生」が収録されています。

2012/9