りぼんの読書ノート

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光圀伝(冲方丁)

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天地明察渋川春海の「挫折と夢」を描いた著者による「徳川光圀伝」では、「光圀が生涯をかけて追及した大義とその限界」がテーマとなっています。2人の人生には重なるところもありますので、互いにクロスオーバーしている箇所も・・。

水戸黄門」として有名な光圀ですが、歴史の上では近衛家次女を正室に持ち、『大日本史』を編纂することで水戸徳川家に尊皇思想を植え付けた始祖であったとされています。ただし若い頃には無宿人を斬ったりもして、かなり無頼な一面もあったとのこと。要するにマルチで複雑な人物のようです。

著者はそんな光圀を「大義に生きた人物」として描き出しました。3男でありながらなぜ兄を差し置いて水戸家の世子に選ばれたのか。その理由を厳格な父・頼房にも聞けず鬱屈した気分が若い時代の無頼となって噴出したとするのです。晩年の宮本武蔵や沢庵和尚と出会ったというのは、光圀に転機をもたらすための著者の創作ですね。

武蔵の示唆から「詩作で天下を取る」との大望を抱き、儒家の林家の3男・読耕斎をライバルかつ友人として持ち、苦悩の結果導き出したのが「兄・頼重の子に水戸家をお返しする」との大義であったという流れは自然に読めます。妻となった近衛家の次女・泰姫を、光圀の最大の理解者となった天真爛漫な才女として描いたことも素晴らしい。

年が経つに連れて父母を、友人を、妻を、子を次々と失った悲哀も、次の世代に託すべき若い家臣たちを教える喜びも、「大日本史」編纂に乗り出した義務感も十分に理解できます。史料収集のために全国を行脚して、講談の助さん、格さんの原型となったような弟子たちも登場しますしね。^^

では冒頭の箇所で、晩年の光圀が手にかけた藤井紋太夫とは何者で、なぜ殺されなければならなかったのか。本書はその謎を解き明かすミステリとしても読める作品なのですが、そこには光圀の思想の限界があったと記すにとどめておきましょう。いや「時代の限界」と言い換えるべきでしょうか。

ともあれ、光圀という人物と正面から向き合って彼の全体像を捉えようとしながら、なおかつ面白い読み物して仕上げた著者の力量を評価すべきでしょう。はじめてこの著者の名前を見たときには、ふりがななしには読めなかったんですけどね。

2013/1