りぼんの読書ノート

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カラマーゾフの妹(高野史緒)

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カラマーゾフの兄弟「13年後の物語」という第二部の構想があったことはよく知られていますし、それは「テロリストとなったアリョーシャがコーリャら少年たちと皇帝暗殺をもくろむ物語」になったであろうとの大胆な憶測も、今では一般的な解釈でしょう。

江戸川乱歩賞を受賞した本書は、そのエッセンスを取り込みながら、本編の「父殺し」の真相を追究するという「ミステリ作品」として仕上げた大胆で挑戦的な作品なのですが、かなり高いハードルを掲げたものです。まずはその勇気に拍手。

「13年後の物語」は、あの事件で病んだ精神も癒えて今はモスクワで特別捜査官として活躍してる次男イワンが、父殺し事件の解決をもくろんで帰郷したところから始まります。助手役は「ホームズ的探偵術」を身につけた若きアカデミー会員のトロヤノフスキー。無実の罪でシベリアに送られた長男のミーシャは数年前に事故死。三男のアリョーシャはリーザと結婚して地元で教師となり尊敬を集めています。そうそう、イワンはあのカテリーナと結婚しているのでした。

原作は「最も重要な点を見逃している」というのですが、それは凶器の問題でした。隠密行を望んだイワンですが田舎町に噂は広がり、新たな殺人事件の被害者には、父ヒョードルと同じ傷跡が・・。しかし「科学的」な捜査もここまで。やはりカラマーゾフ的な心理的葛藤の世界に入っていかなければ事件の解決は望めないでしょう。

イワンの精神はまだ完全には癒えておらず、彼の中には悪魔やら大審問官やら怯えた子どもなどの多重人格が潜んでおり、アリョーシャはコーリャの秘密結社と行動をともにし始め、やがて2人は対峙するに至るのですが、果たして真犯人は誰なのか。「余罪」も明らかにする点はお見事です。

本書のタイトルにある「妹」とは、イワンとアリョーシャの精神状態を説明するキーワードです。実は一家には足が悪い妹がいて幼い頃に亡くなったというのですが、そこにもまたスメルジャコフの存在が影を落としていました。イワンの罪悪意識やアリョーシャの足の悪い女性に惹かれる性癖(?)はそこに端を発していたんですね。

ディファレンス・エンジンやロケット技術を実用化したコーリャの秘密結社の部分や、リーザの失踪箇所には違和感が残りましたが、「アリョーシャのテロリスト化」という制約もあったわけですから仕方ないのでしょう。「有名古典文学に潜む事件の真相」というのは結構いい着眼点かもしれませんね。でもシリーズ化は難しいかな。

2012/11