りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

ロスト・シティ・レディオ(ダニエル・アラルコン)

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長い内戦状態にあった南米の架空の国では、多くの人々の消息が失われていました。村の少年たちは政府軍にもゲリラ組織にも身を投じて消息を絶ち、崩壊した村から流入した人々で首都のスラムは膨張し、しかもそのスラムで激戦が戦われたのです。

家族や恋人の思い出を語り、消息を尋ねる人々の電話を受け、行方不明者に向かって呼びかける人気ラジオ番組「ロスト・シティ・レディオ」のパーソナリティのノラは、ある日ジャングルの村からやってきた少年の訪問を受けます。その少年ビクトルが村人たちから番組に託されたリストには、やはり行方不明中のノラの夫レイの名前がありました。

物語は、ノラとレイとの出会い、民族植物学者だったレイの反政府組織との関わり、ジャングルからやってきた少年ビクトルの村でのできごと、そしてビクトルと一緒に夫レイの行方を求めて彷徨うノラ・・という過去と現在が交錯して進んでいきます。

錯綜する物語群から浮かび上がってくるのは、人が行方不明になることの重みであり、「他人の記憶という煉獄」にしか存在しなくなった不在者が、他者に与え続けている影響の意味なのでしょう。

内戦の勝利者となった政府が、内戦があったことも、反政府勢力が存在したことすら公式見解から削除し、都市や村の固有名を禁じて無味乾燥な数字に置き換えたことは、「記憶」を消去するための試みです。「ロスト・シティ・レディオ」という番組自体が政府に対する消極的な抵抗なのですが、レイという不在者の存在が、その意味合いを強めていきます。

物語の最後になって、ジャングルで起きた出来事の全貌とビクトルの出生の秘密が明らかになり、ノラにも読者にも衝撃を与えるのですが、小説のテーマとの関わりにおいては「エピローグ」のようにすら思えます。

2012/5