りぼんの読書ノート

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約束の地(樋口明雄)

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野生鳥獣保全管理センターの八ヶ岳支所に赴任してきた環境省技官を主人公とする物語というと、ワイオミング州猟区管理官ジョー・ピケットが登場する沈黙の森シリーズを連想してしまいます。野心も政治的背景も持たず、ただ家族を愛し、大自然を畏敬するジョーは、密猟者や開発業者や行政との軋轢に悩むのですが、それは本書の主人公・七倉航にも共通する問題。

圧倒的に遅れた日本の自然保護活動は、動物学者や自然愛護活動家や古参猟師たちの混成チームによって成り立っており、地元の狩猟会や、野生動物被害に苦しむ農家や、過疎地域の行政や、動物愛護団体との板ばさみになっているんですね。

七倉の赴任直後、老夫婦が野生動物に襲われ死傷、さらに若い地元猟師が巨大な獣に殺害される事件が起きます。「稲妻」と呼ばれている巨大グマの仕業と思われましたが、山には「稲妻」ですら恐れる怪物が潜んでおり、しかもどちらの獣も汚染水が原因とおぼしき新種の寄生虫に病んで判断力を失っていたのです。それは「山の怒り」だったのでしょうか・・。

一方では10年前に起きたハンターによるペンション経営者射殺事件に繋がる因縁や、転校先でイジメにあう七倉の娘・羽純の悩みなど、人間関係に端を発する問題があり、もう一方では大自然に対峙する古参猟師や愛犬の物語があって、盛りだくさんですが、雪山で「自分が雄大な自然に生かされている」と実感し、「死は、忘れたり、克服するものではなく、共に生きていくものである」と考えるに至る主人公の成長過程こそが、実際に八ヶ岳の麓に住んでいる著者が描きたかったテーマなのでしょう。

2012/2