りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

少年と犬(馳星周)

遥か昔に『信じられぬ旅』という本を読んだことがあります。ディズニーによって映画化された「三匹荒野を行く」のほうが有名かもしれません。詳細は覚えていませんが、主人と離れてしまったラブラドル犬が主人を追って北米の荒野を旅する物語。本書もまた、犬を主人公とするロードノヴェルです。震災で主人を失ったシェパード雑種犬の「多聞」が、仙台から熊本へと旅をする物語。多聞は何を求めて、どこへ向かおうとしているのでしょう。その答えは最終章で明らかになり、多聞はそこで運命的な役割を果たすのですが、それを書いてしまってはネタバレですね。

 

過酷な大自然の中で生き抜くための闘いが求められる北米と異なって、現代日本では人間との関りが避けられません。日本列島を南下していくなか、仙台、新潟、富山、滋賀、島根、熊本で出会った人間たちに多聞は深い思い出を残していきます。家族のために犯罪に手を染めた男。故国に帰ろうとする窃盗団の男。関係が壊れかけた夫婦。身体を売って男に貢いでいた女。死病を患っている老猟師。震のショックで心を閉ざした少年。

 

その多くが多聞との離別によって人生の区切りをつけることになるのですが、多聞はその前に彼らにもたらされた癒しだったはず。「人の心を理解し、人に寄り添ってくれる。こんな動物は他にはいない」のです。出会った誰もが多聞を深く愛したことや、多聞に犬に対する描写などから、著者が犬に抱いている深い愛情を感じる作品です。著者本来のノワールではない本書が、直木賞を受賞してベストセラーになったことには、少々戸惑いは感じてしまうのですが・・。。

 

2022/10