りぼんの読書ノート

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ハロルド・フライの思いもよらない巡礼の旅(レイチェル・ジョイス)

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定年退職した65歳のハロルドは、20年前に同僚であった女性クウィニーが癌で死につつあるという手紙を受け取ります。返信を書いてポストに向かったものの、彼は手紙を投函できません。通り一遍のお見舞いの返事など、かつて彼女が見せてくれた誠実な行為に見合っていないのです。そして彼は突拍子もない考えに取り憑かれるのです。このまま1000キロ先の彼女の療養先まで歩いて行ったら、奇跡が起こるのではないかと。 

 

かくして彼は、お金も携帯電話も持たずに、英国南西端の小さな町からスコットランドとの境にある町まで歩き始めます。みずみずしいイングランドの大地を歩くハロルドは、多くの人々と出会います。信仰深いガソリンスタンドの女性、不快宙に話しかけるジェイン・オースティン命の女、正装をした銀髪の紳士、リストカット癖のあるサイクリング・ママ、スロヴァキアから来てトイレ掃除の職にしかりつけない女性医師、超有名な俳優、彼のもとから去らない野良犬、ハロルドの旅を紹介するジャーナリスト・・。彼らとの出会いに助けられて旅を続けるハロルドに、奇跡は起こるのでしょうか。 

 

もちろん彼が求めていた奇跡は起こりません。しかし別の奇跡が起こるのです。最終章で明らかになる、ハロルドが抱えていた心の闇とは何だったのか。育ちの良い妻モーリーンとの関係が冷え切ってしまったのは何故なのか。そしてクウィニーから受けた返しきれない恩とは何だったのか。旅の過程で公衆電話から妻と会話を続けたことで、夫婦は互いに何を見つめなおしたのか。 

 

ハロルドが出会った人々は、誰もが心の奥に闇を抱えていました。他人の闇と向き合うことが、ハロルドに自分の闇と向き合う勇気を与えてくれたのでしょう。ハロルドが気づいたように「人はみな同じであり、同時に唯一無二の存在であり、それこそが人間であることのジレンマ」を抱えて生きているのですから。ロードノヴェルでありながら、本書は深い救済の書でもあったのです。 

 

2020/2