りぼんの読書ノート

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ロング・グッドバイ(レイモンド・チャンドラー)

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村上春樹さんが「別格の存在」という本書は、もちろんハードボイルドの聖典であり、「さよならを言うのは少しだけ死ぬことだ」とか「ギムレットにはまだ早い」などの名言も数多く登場するのですが、村上春樹さんの新訳によるフィリップ・マーロウはまるで訳者の著作の主人公のように思えてきます。

どうやらその理由は、主人公の描写をせず主人公に語らせることによって人物輪郭を読者に印象づけるという手法が、村上さんの文体と調和しているからのようです。訳者の後書きによると、自分の小説を書き始める際に、フィッツジェラルドと並んでチャンドラーの文体は参考になったと語っていますが。

さて本書です。私立探偵のマーロウはバーで偶然知り合ったテリー・レノックスに友情を覚えますが、ある日レノックスは億万長者の娘である妻シルヴィア殺害の容疑をかけられて失踪。やがて逃亡先のメキシコで自殺したとの情報が聞こえてきます。

後に、酒に溺れた小説家ロジャーの捜索を妻のアイリーンから依頼されたマーロウは、2つの事件の繋がりに気づいて真相にたどりつきます。それは将来を誓いながらヨーロッパの戦争で別れを余儀なくされた男女が、戦後のアメリカで悲しい再会を果たしたことに端を発するものでした。

主人公が真犯人にたどりつくきっかけとなったアイリーンの指輪や、テリーの消息に疑いを抱くに至るメキシコのホテルからの眺望など、ミステリとしても高い完成度に達していると思いますが、やはり本書に深みを与えているのは、テリーという人物を造形したことですね。大富豪ハーラン・ポッターや、彼の2人の娘シルヴィアとリンダ、小説家ロジャーなど、他の登場人物はやや類型的とも思えますので。

2011/12