りぼんの読書ノート

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運命の人(山崎豊子)

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1971年春。佐藤内閣のもとで大詰めを迎えた沖縄返還交渉において日米間に密約が結ばれようとしていることに気づいた敏腕の新聞記者が野党に情報を流し、入手していた外務省極秘電文のコピーを渡します。

国会での野党からの追及に怒った政府は、機密を漏洩した女性事務官と記者を機密漏洩罪で起訴。本書は、世に言う「外務省機密漏洩事件」を題材に書かれた小説です。

物語は、ほぼ事実に即して進行していきます。「報道の自由と国民の知る権利」を前面に出して法廷で闘う記者と新聞社に対し、検察側は「情報の入手方法」、すなわち記者が女性事務官との不倫関係を利用して情報持ち出しに協力させたことのみを強調し、倫理的な批判を浴びせていきます。

女性事務官は一審から有罪。記者は一審では無罪だったものの二審で有罪。最終的には最高裁で有罪が確定するのですが、起訴時点で記者の社会的生命は事実上絶たれていました。

佐藤首相が新聞記者を追い出して無人の退陣会見を行なったのは、裁判の最中。記者を弁護した毎日新聞は売り上げを落として倒産に追い込まれ、週刊新潮やテレビのワイドショーが「下世話な暴露」手法を確立するなど、大きな影響を残した事件ですが、本書は小説なので記者の心情に大胆に踏み込んでいきます。

公私ともにボロボロになった元記者が沖縄にたどり着き、沖縄の歴史と現実に直面して再びペンを手にするという感動物語になっていますが、現実の元記者は何を思って後半生を過ごしたのでしょうか。後に密約の存在が明るみに出され、元記者らが沖縄密約情報公開訴訟に勝訴するまでには、30年以上もの年月が過ぎていたのです。

最近でも「ウィキリークス」を巡る議論が話題になっているように、国家機密と国民の知る権利の問題は、情報開示先進国アメリカにおいてさえ未決着です。本書のテーマはまだ極めて現代的なものなのですね。

それにしても、80歳をすぎてこれだけの大著をものした山崎さんは凄い! ただ、この種の小説の宿命ですが、個人名が実名でないと読みにくい!

2011/10