りぼんの読書ノート

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チボの狂宴(マリオ・バルガス=リョサ)

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31年間に渡ってドミニカ共和国に圧政を敷いた独裁者トゥルヒーリョが暗殺された1961年5月前後を4つの視点から描いた、ノーベル賞受賞作家による力作です。4つの視点とは、トゥルヒーリョ自身、腹心の軍人や政治家、暗殺を企てた将校たち、そして当時14歳の少女で35年ぶりにドミニカに帰国した女性ウラニアの回想。

このウラニアという女性、かつてトゥルヒーリョの腹心の1人でありながら、最後には冷遇された上院議員カブラルの娘なのですが、彼女が父親を憎み続けてきた理由とは、いったい何なのか。読者が最後に知らされる真相が、冒頭のトゥルヒーリョの心情の中で示唆されていた・・との展開には唸らされます。

しかし本書の真骨頂は、トゥルヒーリョという複雑な人物をリアルに描き出したことにあるのでしょう。暗殺、大虐殺、財産の私有化という独裁制の弊害を全て兼ね備えながら、彼が長期独裁を保つことができたのは、部下や国民に対する恐怖政治の徹底だけでなく、忠誠心を試しながら適材適所を見極めて有能な部下を活用しての、愛国的な政策の断行にあったようです。国民から畏怖されながら愛されていたという、まさに「南米モデル」!

そんな独裁者が前立腺を病んで尿漏れを意識し、女性関係にコンプレックスを抱くという老いた姿には、滑稽さと痛ましさを感じますが、それは同時に彼が創って維持してきた国家支配機構の老化を象徴しているようです。

また、将校たちが暗殺者となった背景や、腹心たちが独裁者の寵を求めて右往左往する様子も、それぞれ独立した短編のように「読ませる」物語となっています。

そして、暗殺の瞬間がやってきます。なぜ、暗殺者の後ろ盾となったロマン将軍は動かずに、自ら窮地に陥っていったのか。傀儡政治家と思われていたバラゲール大統領が、どのようにして政治の実権を手に入れて「トゥルヒーリョ以後」のドミニカを軟着陸させることに成功したのか。これもまた、別の意味での「南米モデル」のひとつの姿なのでしょう。

タイトルの「チボ」とは「山羊」のことですが、頑固で好色で悪魔的なトゥルヒーリョのあだ名であり、一方でスケープゴートの意味もあるとのこと。「狂宴」と訳された「フィェスタ」には祭りや祝宴の意味だけでなく、少女ウラニアが体験した恐怖の一夜や、31年間の独裁時代を指しているとの解釈もあるようです。優れた小説の優れた言葉は、常に多面的なのです。

2011/4