りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

TAP(グレッグ・イーガン)

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グレッグ・イーガンというと「ハードSF」の印象が強いのですが、本書に収録された短編を読むと、「身体感覚」にも関心がある作家のようです。すなわち、遺伝子の操作やテクノロジーを通じて「モノ化」された身体は何を求めるのか。その時、生命や人間性はどうなってしまうのか・・そんな問いを投げかける作品群です。

「新・口笛テスト」絶対に忘れられなくなるメロディなんてものがあるのでしょうか。それを発掘してCMに使った男が、全ての感覚を音楽に支配されて機能障害に・・。

「視覚」脳手術の結果、鳥瞰視点を獲得してしまった男は、自分を客観視するようになってしまいます。一種の体外離脱体験ですが、「自我」を薄めるにはいい方法かも。

「ユージーン」完全な遺伝子設計によって生まれるはずだった「完璧な」息子が望んだのは、涅槃へと至る道でした。完全な涅槃とは、全く存在しないことだそうなのですが・・。優生学に対する皮肉が垣間見える作品です。

「悪魔の移住」生みの親を殺害した後に何匹ものラットに「移住」させられ、その都度移住先を殺害してきた存在とは、意識を持った脳腫瘍?

「散骨」残虐事件現場の撮影を切望するカメラマンの意識が、切り裂きジャックを蘇らせてしまいます。ジャックは死後散骨されて、繰り返される人生に終止符を打つのですが・・。

「銀炎」エイズの「罪」を説いて普及したラジオ伝道はエイズの終焉によって沈黙しますが、皮膚を焼き、身体を銀色に輝かせる奇病の発生とともに、近未来テクノロジーの形で復活。無知や孤立性に依拠する悪魔的な存在は、ある意味で不死なのでしょうか。

「自警団」「犯罪に立ち向かう市民の会」の善良な男女の夢から生まれた、犯罪者を襲う存在が、契約更新を機に独立性を求めてきます。モダンホラー的な作品ですね。

「要塞」移民反対のスローガンを抱える極右の道化ではなく、知性と視力と先見の明を持ち、公の場に出てこない人々が要塞を築くとすれば、どんな形になるのでしょう。

「森の奥」自分を殺そうとする男が最後に勧めたインプラントは、人格の核となるものが同一の人間を作り出すものでした。死んだのは誰で、「不死性」とは何なのでしょう。

「TAP」TAPとは、完璧な言語を使えるように脳に直接働きかけるインプラントのこと。全ての事象を言葉によって理解できるようになることは、人類をどこに導くのでしょう。人間性などと呼ばれるブラックボックス部分がなくなったとき、人間はどうなるのでしょう。

好みだったのは「銀炎」と「TAP」。SF的アイデアが秀逸だったのは「要塞」。

2011/3