りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

紙の動物園(ケン・リュウ)

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中国系アメリカ人作家によるSF短編集です。「アジア的な情感」をたたえた作品群は、西洋的なSFとは一線を画しているようです。

「紙の動物園」
中国系移民の母と、異文化の中で育った息子の間では、やはり心の断絶は起こるのでしょう。たとえ母親が息子のために包装紙で作った折り紙の動物たちが、命を吹き込まれた存在であったとしても。

もののあはれ
小惑星衝突による地球滅亡を逃れて宇宙に旅立った恒星間宇宙船。その中にいた「最後の日本人」が取った行動とは、単なる自己犠牲ではありませんでした。大災害の中でも整然と行動する日本的美徳とは、決して諦念ではないのです。

「月へ」
月人たちは、月にたどり着いた地上人を送還しようとするのです。アメリカに難民申請している中国人のしたたかさが、寓話的に語られます。

「結縄」
中国奥地に伝わる縄文字は、遺伝子パターンの解読に役立つのでしょうか。しかし特許権で保護された遺伝子操作作物は、貧しい農民を救う役には立ちません。

「太平洋横断海底トンネル小史」
大恐慌時代に日本帝国がアメリカに提案した「太平洋横断海底トンネル」は、戦争の惨禍を回避させ、ナチスの台頭も封じ込めたのですが、別の歴史の闇を生み出していました。戦前日本のアジア人炭鉱労働者の悲惨さを彷彿とさせる物語です。

潮汐
地球へと落ちてくる月は、地上の大半を飲み込むような巨大な高潮を生み出していました。高い塔に棲み続ける科学者は、娘とともに何を目論んでいたのでしょう。

「選抜宇宙種族の本づくり習性」
書物とは何なのか。文明を伝える手段は文字だけとは限らないようです。

「心智五行」
宇宙で遭難して未知の惑星に不時着した女性を迎えてくれたのは、はるか昔に到着して科学文明を失っていた人類でした。まるで、大航海時代の異文化の出会いが再現されているようです。

「1ビットのエラー」
「信仰はニューロン発火による認識エラー」と理解しながら、それでも神の救済を必要とするとは、人間というのは矛盾した存在なのですね。

「愛のアルゴリズム
AI論をつきつめていくと、知性とは幻想にすぎないと思えてしまうのかもしれません。私たちの思考だって、単なる経験的なパターンの繰り返しにすぎないように思えてきます。

「文字占い師」
情報部員の父親の異動で、テキサスから冷戦下の台湾にきたリリーは、漢字の意味を教えてくれる老人と親交を深めます。しかし、そのことを父親に話してしまった途端、悲劇が起こるのです。

「良い狩りを」
中国の妖怪退治師の息子と美少女に化ける子狐の物語が、西洋化にともなって変質していきます。エンジニアと変身機械の間に愛は成り立つのでしょうか。表題作と並んで、抒情性に溢れた作品です。

その他、データ化された人類の体感覚に少女が反抗する「どこかまったく別な場所でトナカイの大群が」、延命技術の発達によって不老不死になった女性が死を選択する「円弧(アーク)」、ナノテクや意識のデータ化によって不死となった人間が創造主となる「波」の3編は、いずれも西洋的な不死の概念に疑問を呈した作品となっています。

2016/7