日経新聞の書評欄で絶賛されていた作品です。
天平宝宇年間。奈良の大仏の開眼供養から、まだ間もない頃の物語。まだ草創期の「日本国」では、国家の基礎となる理念はまだ揺れ動いていました。高僧・道鏡に深く帰依した女帝・孝謙上皇が仏教中心の国造りを志向する一方で、権力者の藤原仲麻呂(恵美押勝)は唐風政策を推し進め、律令政治の担い手となる官僚育成機関である大学寮での儒教教育に力を入れていたのです。
主家の令嬢・藤原広子に淡い恋心を抱きながらも律令制の理想の実現に燃える高向斐麻呂と、秀才・桑原雄依と、弓の名手・佐伯上信の関係は、『蒼穹の昴』の主人公たちを思わせますが、さしずめ彼らの運命と交錯する奴婢の赤土は、宦官・春児(チュンル)に当るのでしょうか。
ともあれ、青年たちの理想は屈折していきます。桑原雄依は、大学寮の大先輩ながら仲麻呂を裏切った高丘比良麻呂の暗殺に向かい、佐伯上信は、世の中を変える力を持たない理念を虚ろに感じて大炊帝の挙兵に従軍し、高向斐麻呂は、師の儒学者・巨勢嶋村とともに学問の力を再び信じようとするのですが・・。
彼らの犠牲やひたむきさは無駄ではなかったと思わせてくれるエンディングが見事です。そこで、山部王(のちの桓武帝)を登場させるか! これも、最後に毛沢東少年を登場させた『蒼穹の昴』との共通点を感じちゃいましたけど。^^
ともあれデビュー第一作にしてこれだけの内容の作品を、しかも政治と学問への熱い思いを込めながら、一気に描ききった著者の力量は並たいていのものではありません。今後、注目していくべき作家でしょう。
そうそう、女たらしで遊び人でありながら、冷静な観察者かつ誠実な助言者の役割を果たす磯部王は魅力的なキャラでした。藤原氏の陰謀によって殺害された長屋王の孫に、こういう役を割り振るあたりにも、古代史の造詣への深さを感じます。
2011/2