第1巻の冒頭は、満州事変で国を追われた張学良の述懐から始まります。日本軍に対する「無抵抗将軍」の汚名を着たものの、後に「西安事件」を起こして蒋介石に国共合作を認めさせる東北軍閥の後継者は、欧州へと向かう船上で何を思ったのでしょう。
それに続く本編は、清朝最後の皇帝となった溥儀に対して離婚を決意するに至った、側妃・文繍の回顧談で占められます。彼女が語ったのは、紫禁城を追われた後も元皇帝として懶惰な生活を続ける溥儀と、阿片に溺れる正妃・婉容の悲しい生き方でした。
皇帝退位に際しての「清室優待条件」を反故にされて生命の危険もあった中で、天津の日本租界に匿われながら「清朝復辟」のみを空しく望み続ける溥儀が、傀儡として利用されるのは時間の問題だったようです。そして満州事件の直前に、側妃・文繍から離婚を訴えられるのです。多額の慰謝料を求めて家庭内・宮廷内の内情を暴露した元側妃にとっては、溥儀と婉容と暮らした9年間はどのような地獄だったのでしょう。
タイトルの「天子蒙塵」とは「春秋左氏伝」に登場する言葉で、「天子がほこりまみれになって逃げる」という意味だそうです。溥儀の満州行も、張学良の欧州行も「天子蒙塵の已むなき挙」ということですね。同時代の満州を描いた船戸与一さんの『満州国演義シリーズ』は近代日本に興った民族主義の歴史を批判的に描いた大河ドラマであるのに対し、浅田さんの「蒼穹の昴シリーズ」は「家族ドラマ・人情ドラマ」の色彩が濃いのですが、次巻以降でどのように歴史と向き合っていくのか楽しみです。
2017/7
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