りぼんの読書ノート

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災害ユートピア(レベッカ・ソルニット)

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地震や洪水などの大規模災害を被災したとき、人々はどういう行動を取るのでしょう。良くてパニック、悪ければ暴徒化して略奪や殺人を犯すという「性悪論」的な印象を持っている人が多いのではないかと思います。多くのハリウッド映画も、このようなイメージを植えつけるのに役立っているようです。

ところが、本書の著者が実際に大規模災害が起きたときの記録や人々の行動を調査して見出したものは、自然発生した「相互扶助共同体」であり、仲間意識と利他精神に満ちた、一種のユートピアともいえる情景だったというのです。

サンフランシスコ大地震でも、ハリファックスの大爆発でも、メキシコシティ地震でも、「9.11」でも、ニューオリンズカトリーナ被害でも、そして本書の範囲外ですけど、阪神淡路大震災でも、真っ先に立ち上がったのは行政ではなく、被災者を救出し、食料や寝場所を供給し、医療活動を行ったのは、隣人たちやボランティアだと言うんですね。「施し」ではなく「互助」の精神に基づく社会・・これはもうユートピアかも。

このような「発見」をしたのは著者が最初ではありません。社会学者チャールズ・フリッツが、ロンドン大空襲期の冷静で勇敢な市民行動を評価して「災害は、物理的には地獄かもしれないが、結果的には、一時的ではあるが、社会的なユートピアというものを出現させる」と書いたのは、今から60年も前のこと。

ではなぜ「性悪論」的な通念が、今でもまかり通っているのでしょう。著者は、実際にパニックを起こすのは災害によって既得権がリセットされることを恐れる、あるいは災害を利用して権益を強化しようともくろむ支配層だと指摘します。メキシコやニカラグアでは大地震に続いて革命が起きて権力は転覆させられていますし、「9.11」の時には報復論を台頭させたブッシュ政権が、戦争に突き進んでいきました。

彼らにとっては「民衆=暴徒」の論理のもとで管理/抑圧したほうが都合が良いのでしょう。ニューオリンズでは「ダウンタウンが無法地帯化」とのデマによって、貧しい黒人階層が被災地に閉じ込められたのみならず、自警団によって射殺された事件が頻発したとのこと。「無法地帯化」というニュースは記憶に残っていますが、事実ではなかったのですね。

1906年のサンフランシスコ大地震の際には、日本人移民排斥の風潮の中で、日系人が襲われて財産が没収された事件が頻発したと別の本にありましたが、それはどうなんでしょう。「自然発生ユートピア」と「支配層のパニックによる二次災害」とを2つの異なる段階とする著者の主張は、もっと検証を必要としていそうです。著者が「最悪の事例」としてあげたのは、関東大震災の際に起きた朝鮮人虐殺なのですが・・。

本書の原題は「A Paradise Built In Hell」。地獄の中から自動的に立ち上がった「楽園」をどう永続させるのかは大きな課題ですけど、それ以前の問題として、人間性についての通念を見直すことが必要のように思えます。

2011/2