りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

ライオンの皮をまとって(マイケル・オンダーチェ)

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不思議なタイトルですが、登場人物のひとりである女優のアリスが説明する芝居によって種明かしがなされています。その芝居では、はじめに女家長がまとっていた皮のコートが、登場人物に次々と渡されることによって、それまで「さなぎ状態」にあった女優たちが言葉を得ていくというのです。つまり誰もが、物語に対して自分が責任を持つ瞬間を持っているのです。

キュビズム小説」とも呼ばれるオンダーチェの作品では、まるで皮のコートが渡されていくかのように、主人公が入れ替わっていきます。

1930年代のトロント。極寒の地で材木伐採に向かう移民たち。突風に吹かれて橋から落ちる尼僧(アリス?)。彼女を受けとめる命知らずの男、ニコラス・テメルコフ。失踪した大金持ち、アムブロウズ。
彼の後を追うラジオ女優クララ。泥棒カラバッジョ。橋と水路の建設に使命を感じるハリス。木材を爆破するダイナマイト技師パトリック。

一方で、この物語の全ては「パトリックによる語り」でもあります。アムブロウズが死んで助けを求めるクララのもとへ向かって夜通しドライブするパトリックが、助手席に座る若い娘ハナ(アリスの娘)に、彼の生涯での出来事を語っているのです。

ひとつひとつの物語は断片的ですが、そこから魔術的に見えてくるのはトロントという町の成り立ちにほかなりません。遠いバルカン半島で起きた戦争によって故郷を離れた移民たちによって建設されたトロントの町の土台には、彼らが新天地で味わった失望と怒りがぎっしりと詰まっているようです。

象徴的なエピソードを2つあげておきましょう。夜明け前、仕事場へ向かう材木伐採夫たちが、牧場の家畜小屋から連れ出される牛たちとすれ違うときに、牛の脇腹に手を当てて熱をもらうという描写には、生々しさを感じますし、言葉を話せない芝居の主人公が、人形たちから侮辱され殴られ、恐怖と怒りから床に手を打ちつける場面に拍手を送る移民たちの姿はストレートです。

ところで、ハナやカラバッジョという名前に聞き覚えのある人はいるでしょうか。彼らは後に『イギリス人の患者』の登場人物となるのです。読み返しておく必要がありそうです。

2011/2