りぼんの読書ノート

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クララとお日さま(カズオ・イシグロ)

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カズオ・イシグロさんのノーベル文学賞受賞第1作は、AIの物語でした。本書の主人公であるクララは、子供の愛玩用に開発された人工フレンド(AF)であり、『わたしを離さないで』のキャシーたちと同様に自分を待ち受けている運命を知らない状態から始まります。

 

クララはAFの第2世代の最高級品ですが、既に第3世代も商品化されていて旧型の扱いを受けています。ただしクララのモデルは共感力に優れていることに加え、彼女はずば抜けた観察力と学習意欲という個性を有していました。ショーウィンドウ越しに惹かれ合った病弱な少女ジョジーの友人となるべく買い取られたクララですが、やがてジョジーの家族が抱えている秘密と計画を知ることになっていくのです。

 

当然未来の物語ですが、この世界については断片的にしか語られていません。しかしどうやら物語の舞台は社会的・人種的に分断されたアメリカであるようです。裕福な家庭の子供だけに遺伝子向上処置を受けて優れた大学に進学する道が開かれているし、ジョジーの母親クリシーと離婚した父親ポールは、銃で武装した白人のコミュニティで暮らしています。高価なAFを買い与えられた一握りの富裕層の子供たちの世界にも、階級意識差別意識が蔓延しているようです。社会の階層化に対する著者の危機感が随所に現れていますが、本書においてはこの問題は主題の背景に退いています。

 

本書の主題はやはり「人間はもはや複製可能な存在なのか」ということなのでしょう。登場人物のひとりは、人間の中にはデータ化できない特別なものはないと言い切ります。しかしAIにすぎないクララは、より深い結論に至るのです。人間にとっての特別な何かは個人の中にあるものではなく、その特定の個人を愛する人々の中にあると。最近聞いた中でも圧倒的に素晴らしい言葉です。

 

『クララとお日さま』というタイトルは、太陽エネルギーに依存しているクララの、太陽に対する特別な思いに由来しています。このあたりも宗教発生の起源をなぞるようで興味深いのですが、AIがある種の信仰を抱くこともありえるのかもしれません。そういえばスピルバーグ監督による映画「A.I.」でも、造物主であった人類に対して特殊な感情を抱き続けるAIの存在が描かれていました。横道に逸れましたが本書は、論理的な知性を持つクララが、太陽に対して非論理的な希望を抱き、自己犠牲の精神を発揮する美しい物語です。こんなAIが描かれてしまうと、AIこそが人類の進化系ではないかとすら思えてしまいます。

 

2021/6