りぼんの読書ノート

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オーバーストーリー(リチャード・パワーズ)

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タイトルの「オーバーストーリー」とは「林冠」のこと。言葉に多重な意味を含ませる著者のことですから「超物語」的な意味を含ませている可能性はありますが、本書は実際に樹木をめぐる物語です。 

 

まずは多様な登場人物たちを知らなければなりません。4世代に渡って撮り続けられた栗の木のタイムラプス写真を相続した芸術家ニコラス。自殺した父親から扶桑の彫刻が刻まれた翡翠の指輪を受け取った中国移民の娘ミミ。庭の楓とともに育った心理学者アダム。毎年の結婚記念日に庭に植樹することにした弁護士レイと速記者ドロシーベトナム戦争で空中から落下し菩提樹に救われた兵士ダグラス。オークから落ちて半身不随になったもののRPGゲームで成功を収めるインド系起業家ニーレイ。樹木どうしが交信しあっていることを発見した植物学者パトリシア。そして光のメッセージを受けて感電死から蘇った女子大生オリヴィア 

 

それぞれ生まれも育ちも異なり、全く接点のなかった彼らを、アメリカ大陸最後の処女林を救う戦いに集結させたのは、樹木たちなのでしょうか。アメリカ最後の栗の木の根元に写真を埋めようとしていたニコラスは、啓示を受けてカリフォルニアへと向かうオリヴィアと出会います。除隊後に携わってきた植樹作業の無意味さに気づいたダグラスは、ミミが好きだった公園の巨木を伐採から守ろうとして彼女と出会います。かくして樹木保護活動に参加した4人に聞き取り調査に赴いたアダムは、彼らと行動を共にするようになるのです。しかし巨大資本を相手取った負け戦の中で、彼らの戦いは過激化していかざるを得ません。 

 

活動家として合流することのない登場人物たちも、樹木と深く結びついていきます。レイとドロシー夫妻の広い庭はやがて自然林となり、やがて遠く離れたニコラス家から飛んできた栗の種を受け入れます。資源獲得競争であるRPGゲームのむなしさに気づいたニーレイが創造した人工知能は宇宙的視点を持ち、それは樹木の視点と重なっていきます。そして常に彼らの中心にあったのが、パトリシアの著書『森の秘密』だったのでした。 

 

樹木よりもはるかに短命でありながら、行動速度の速さゆえに樹木を滅ぼしていく人類は、やがて遥かに早い思考速度を有するAIによって、樹木と同じ運命をたどることになるのでしょうか。樹木はAIという共闘者を得ることになるのでしょうか。 

 

作中に登場する言葉を紹介してこのレビューを締めくくりましょう。「議論がどれほどうまくても、人の心は変えられない。それが可能なのは、よくできた物語だけだ。」確かに本書を読んで、樹木に対する意識は変化させられてしまったようです。 

 

2020/1